2026年6月20日土曜日

能登半島地震に行ってきた——市立輪島病院での7日間【災害医療シリーズ⑨】

 こんにちは、田浦マインドです。

2024年1月1日16時10分、石川県能登半島でM7.6の地震が発生しました。輪島市と志賀町で最大震度7を観測。観測史上7回目の震度7でした。

私は日本病院薬剤師会(日病薬)の「災害登録派遣薬剤師」として、1月16日〜22日の7日間、被災地の市立輪島病院薬剤部で医療支援活動を行いました。


参加の経緯

日病薬の災害医療支援本部は、石川県病院薬剤師会と連携しながらニーズを調査。地域中核病院(災害拠点病院)薬剤部の診療機能維持・サポートを目的として、以下の3病院への支援を決定しました。

  • 珠洲市総合病院
  • 公立宇出津総合病院
  • 市立輪島病院(←私が派遣)

スケジュール

1月16日(火)14:00 石川県庁に現地集合。オリエンテーションと支援活動の引き継ぎを受ける。

1月17日(水) 市立輪島病院へ移動し、支援活動開始。

1月22日(月)12:30 支援活動終了・撤退。


被災地への道中

「自己完結型派遣」が原則のため、1週間分の食料・水・寝袋を個人で用意し、レンタカーを借りて単独で現地へ向かいました(移動時間:約4〜6時間)。

道路状況が不明なため、原則として日中のみ移動。

実際の道路は——ところどころひび割れや段差があり、スピードが出せません。一方通行区間もあり、大渋滞でした。カーナビの地図が現状と乖離していて、地図を片手に運転する場面も。前に車がいないと本当に不安でした。

ちなみに私見ですが、運転は2人以上が望ましいと強く感じました。1人での長距離・悪路運転は疲労リスクが高く、支援者が被災者にならないためにも改善が必要だと思います。


市立輪島病院について

  • 所在:石川県輪島市
  • 開院:1945年(旧建物)、現建物:1997年
  • 災害拠点病院・DMAT指定病院
  • 病床数:175床
  • 薬剤師数:6名(+日病薬より2名派遣)

薬剤部の被災状況

着いて最初に目にしたのは、薬剤部の被災状況でした。

棚が倒れ、医薬品が散乱。冷蔵庫が壊れていました(停電後、非常用コンセントは使えたものの冷蔵庫自体が壊れたため、冷蔵保管が必要な薬剤が破損となりました)。

まず棚と書籍を整理・移動するところから始まりました。


私が行った主な活動内容

  • 薬局の書籍・棚の移動
  • 薬品請求業務
  • 内服・注射調剤の監査
  • エレベーター停止時は点滴を病棟へお届け
  • 抗がん剤の混注(安全キャビネットが使用不可の状況で)
  • 外来患者の診療支援・薬剤情報提供書の取得
  • 処方支援業務
  • 持参薬の鑑別・継続処方の配薬カードセット
  • ERへの夜間ストック薬の補充・配置
  • 一般外来再開のための薬剤準備
  • 薬学部実習生への講義

1日の業務時間は7:45〜19:00。「自分がいることで現地スタッフの負担が減る」という実感が力になりました。


エレベーターが止まる

強い余震(震度4以上)のたびにエレベーターが自動停止し、技術者が金沢から来るまで復旧できません。日中でも4〜6時間、夕方近くなら翌日まで止まることも。

4階への点滴は、スタッフで手分けして階段で運びました。患者の入退院も階段搬送です。

現地で強く感じたのは——「エレベーターが止まっている状況での防災シミュレーション」の重要性です。多くの病院の防災訓練では「非常用電源を使いエレベーターで搬送」を想定していますが、実際には「エレベーターが止まる」ことの方がリアルです。


断水の過酷さ

上水道は少し出る状態(チョロチョロ)でしたが、下水道は完全に使えませんでした。

洗った手の水も流せない。歯磨き後もうがいした水を流せない。トイレも制限。お風呂にも入れない。

そして最も医療に影響したのは——透析・カテーテル処置・手術ができなかったことです。積極的治療が必要な患者は毎日10〜15人、翌朝に金沢市内の病院へ転院搬送されていました。


「昨日まで飲んでいた薬が欲しい」

外来での処方支援業務では、お薬手帳を持たずに「昨日まで飲んでいた薬が欲しい」と来院する患者さんが多くいました。

かかりつけ医に問い合わせしたり、オンライン資格確認システムを利用してレセプトデータから処方歴を確認したり——マイナンバーカードを用いた本人確認で薬の処方歴が確認できるこのオンライン資格確認システムが、今回の支援で非常に有用だと感じました。

処方内容の重複(常用薬処方・災害処方・DMAT処方)の整理も薬剤師の仕事でした。


撤退のタイミングの難しさ

業務的には「そろそろ支援は必要なさそう」と感じるようになった時、それをどう判断し、本部の調整班にどう伝えるか——これが難しかった。

現地の医療機関のスタッフも被災者として避難所から出勤し、現場を支えています。「撤退します」と言いにくい空気があります。

平時から「撤退の判断基準」を明確にしておく必要があると感じました。


災害医療支援に必要な3つのこと

最後に、今回の経験で確信した「災害医療支援に必要なもの」をお伝えします。

① 倫理観:モラルを持ち、患者のプライバシーを守る。

② 積極性:待っていては仕事はこない。「何かできることはありますか?」と自分から動く。

③ 情熱:患者さんを助けたい——という気持ち。医療従事者を目指した時の心を思い返せるかどうか。


まとめ

  • 能登半島地震:M7.6・最大震度7・2024年元旦発災
  • 市立輪島病院薬剤部で7日間の業務支援を実施
  • 断水・エレベーター停止・余震続く環境で診療を継続
  • オンライン資格確認システムが処方支援で有効だった
  • 現地スタッフも被災者であることを忘れてはいけない
  • 必要なのは「倫理観・積極性・情熱」

次回は、「処方箋がなくても薬を出せる?」——災害時の法的根拠について解説します。


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薬事トリアージ 赤・黄・緑⑧ 

薬剤師の話ブログ(専門情報)

2026年6月19日金曜日

「薬事トリアージ」赤・黄・緑で命を守る判断【災害医療シリーズ⑧】

 こんばんは、田浦マインドです。

「避難所に来た人が『薬が切れた』と言っている。どの薬を優先して手配すればいい?」

これが「薬事トリアージ」の出番です。医療トリアージが傷病者の重症度を分類するように、薬事トリアージは薬剤継続の緊急度を分類します。


薬事トリアージとは

処方箋・お薬手帳がない状況でも、薬剤師が即座に「この薬は今すぐ必要か、数日待てるか」を判断して行動するためのフレームワークです。

分類は医療トリアージと同じ3色です。


🔴 赤(最優先)——今すぐ確保

基準:中断すると数時間〜数日以内に生命危機

代表的な薬剤:

  • インスリン(注射・内服):3日中断で高血糖性ケトアシドーシス(DKA)→死亡リスク
  • 抗凝固薬(ワーファリン・DOAC):脳梗塞・肺塞栓→突然死リスク
  • 抗てんかん薬:痙攣重積→脳障害・窒息リスク
  • 抗精神病薬・気分安定薬:急性精神症状再燃・自傷他害リスク
  • 透析患者の薬(リン吸着薬等):電解質異常→致死性不整脈
  • 副腎不全ステロイド:副腎クリーゼリスク

対応:今すぐ確保。医師へ緊急連絡。代替薬を至急手配。


🟡 黄(優先)——48〜72時間以内に対応

基準:中断すると数日〜1週間以内に症状悪化

代表的な薬剤:

  • 降圧薬(特に合併症あり):血圧コントロール悪化
  • 心不全治療薬(利尿剤・βブロッカー):急性増悪リスク
  • COPD・喘息の吸入薬:発作・呼吸不全
  • 甲状腺薬(レボチロキシン等):代謝異常
  • ステロイド長期内服者:離脱症状
  • パーキンソン病薬:症状急激悪化

対応:近隣薬局・卸業者に照会。数日分を緊急確保。


🟢 緑(待機可)——1週間以内に対応

基準:数日〜1週間程度は待機可能

代表的な薬剤:

  • ビタミン・サプリメント・栄養補助食品
  • 軽度の鎮痛薬(安静で対応可能な場合)
  • 皮膚科・眼科の一般外用薬
  • 軽度の不眠・不安の薬(症状が軽い場合)
  • 胃腸薬・整腸剤(軽症)

対応:記録して保留。供給が安定してから対応。


判断のコツ——よくある迷いどころ

Q. ワーファリンは赤?黄?

→ 基本は黄。ただし「最後の服薬から3日以上経過」「動悸・胸痛あり」なら赤扱いで即対応。

Q. 血圧の薬が切れたが症状なし

→ 残薬がある間は緑。残薬がゼロになる日を計算して、切れる前に黄として対応開始。

Q. 抗精神病薬、本人が「大丈夫」と言っている

→ 赤。本人の自覚では判断しない。離脱症状・症状再燃は急速に進行する。

Q. 複数の薬が切れた患者、何から対応する?

→ 薬ごとに個別にトリアージ。インスリン+降圧薬なら、インスリンを赤として先に対応。

Q. 緑だったが翌日来て「めまいがする」

→ 再評価して黄または赤に昇格。状態は常に変化する。1回の判断で終わりにしない。


実際の場面を想定してみよう

患者Aさん(68歳・男性)

「インスリンを3日間打てていない。口が渇いて体がだるい」

常用薬:インスリン グラルギン10単位/就寝前 + メトホルミン250mg毎食後

→ 🔴 赤。 DKAの前兆(口渇・倦怠感)あり。今すぐ医師に連絡。インスリン・針・血糖測定器を緊急確保。メトホルミンは黄として48時間以内に対応。


患者Bさん(72歳・女性)

「ワーファリンが今日で切れる。心臓の病気がある」

常用薬:ワーファリン2mg 1錠 夕食後

→ 🟡 黄。 今日切れたばかりなので即死ではないが、数日以内に血栓リスクが上昇。48時間以内に確保。近隣薬局・卸に照会。INR測定不可でも継続優先。


患者Cさん(55歳・男性)

「血圧の薬が切れた。今は頭痛もない」

常用薬:アムロジピン5mg 朝1錠(残薬:3日分あり)

→ 🟢 緑。 残薬で経過観察。3日後に切れる前に黄として手配開始。


ポケットカードを持っておこう

薬事トリアージは判断が速いほど命を守れます。迷った時のために「赤・黄・緑の代表薬一覧ポケットカード」を事前に作成しておくことをおすすめします。

「赤か黄かを素早く見分けるコツ」は——「中断で即座に症状が出るか」「その場で医師を呼ぶべきか」「3日以上途絶えているか」の3点です。


まとめ

  • 薬事トリアージ:薬剤継続の緊急度を赤・黄・緑で分類
  • 赤:インスリン・抗凝固薬・抗てんかん薬・抗精神病薬・透析患者の薬
  • 黄:降圧薬(合併症あり)・心不全薬・吸入薬・甲状腺薬・ステロイド
  • 緑:ビタミン・サプリ・軽度鎮痛薬・一般皮膚科・眼科薬
  • 判断は一回で終わらない——継続的に再評価する

次回は、2024年能登半島地震での派遣体験をお伝えします。


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CSCATTTとは?⑦ 

薬剤師の話ブログ(専門情報)

2026年6月18日木曜日

CSCATTTとは?災害対応7原則を薬剤師が解説【災害医療シリーズ⑦】

 こんばんは、田浦マインドです。

「CSCATTT(シーエスキャットティースリー)」——災害医療に関わる医療従事者なら必ず知っておくべき、国際標準の行動フレームワークです。

今回はこのCSCATTTと、薬局薬剤師向けに拡張した「CSCATPPP」をわかりやすく解説します。


CSCATTTとは

大規模災害時に医療チームが「何を・どの順番で・どのように」行動するかを示した国際標準フレームワークです。英国DMATが開発し、日本DMATも採用しています。

頭文字7文字にはそれぞれ意味があります。


C — Command & Control(指揮・統制)

最初に指揮系統を確立する。

誰が指揮官かを明確にし、情報を一元管理します。指揮系統が混乱すると、どんなに優秀なチームも動けません。

薬局での実践例:

  • 管理薬剤師が「災害時指揮官」として初動を指揮
  • スタッフの安否確認と役割分担を即座に決定
  • 患者対応・在庫管理・外部連絡の担当を明確化
  • 記録担当を置き、すべての判断・連絡を記録する

S — Safety(安全確保)

安全確保の優先順位は「自己 → 現場 → 傷病者」。

自分が倒れれば誰も助けられません。二次災害を防ぐことが最優先です。

薬局特有の安全ポイントとして、冷蔵医薬品(インスリン等)の温度管理、毒薬・劇薬の散乱防止、医療廃棄物の適切な処理なども含まれます。


C — Communication(情報伝達)

「正しい情報を・正しい相手に・正しいタイミングで」届けることが命を救う。

情報伝達の失敗が最も多くの死に関わります。

災害時は電話が繋がりにくい。FAX・SNS・無線など、代替手段を平時から準備しておくことが大切です。

報告フォーマットとして「SBAR」が有効です。

  • S(Situation):状況「インスリン患者が3日間注射できていません」
  • B(Background):背景「2型糖尿病で発症10年、グラルギン10単位/就寝前」
  • A(Assessment):評価「ケトアシドーシスの前兆と判断。血糖測定器もなし」
  • R(Recommendation):提案「インスリンと血糖測定器の確保を要請します」

A — Assessment(評価・状況把握)

「今何が起きているか」を迅速に把握し、必要資源を見積もる。

情報のない状態でいくら行動しても、的外れな対応になります。

薬局での発災後30分以内チェックリスト:

  • □ 建物・設備の被害状況
  • □ スタッフ全員の安否
  • □ 冷蔵庫・医薬品の状態
  • □ 来局患者・問い合わせ数
  • □ 電話・電力・水道の状態

T — Triage(トリアージ)

傷病者を重症度で分類し、対応優先度を決定する。

「全員を平等に救おうとすると、全員を救えなくなる」——これがトリアージの哲学です。

  • 赤(Ⅰ):最優先。生命危機があるが処置すれば救命可能
  • 黄(Ⅱ):待機的。数時間は待てる
  • 緑(Ⅲ):軽症。しばらく待てる
  • 黒(Ⅳ):死亡・救命不可

T — Treatment(治療・対応)

トリアージ区分に応じた処置を行う。

重要なのは「継続的な再評価」です。最初に緑だった患者が後から赤になることも、その逆もあります。状態は常に変化します。


T — Transport(搬送)

適切な医療機関へ搬送する。

薬剤師にとっての搬送支援とは、「適切な情報を添えて患者を繋ぐ」こと。薬剤情報なき搬送は受入病院に余計な負担をかけます。


CSCATPPP — 薬剤師版への拡張

CSCATTTの最後の3T(Triage・Treatment・Transport)を、薬局薬剤師の視点で読み替えたものがCSCATPPPです。

元の原則薬剤師版内容
T(Triage)P(Pharmaceutical Triage)薬事トリアージ:薬剤継続の緊急度を赤・黄・緑で判断
T(Treatment)P(Pharmaceutical Care)薬剤師ケア:服薬情報収集・一包化・副作用モニタリング
T(Transport)P(Patient Transport Support)患者搬送支援:重症化患者を医師・救急に確実につなぐ

CSCA(組織・準備フェーズ)は同じ、TTT(現場活動フェーズ)を薬剤師版に読み替えた——このフレームワークが頭に入っていれば、どんな災害現場でも「次に何をすべきか」が見えてきます。


まとめ

CSCATTTの7原則:

  1. C:まず指揮系統を確立する
  2. S:自己保護を最優先に
  3. C:SBARフォーマットで正確に伝える
  4. A:「今何が起きているか」をまず評価する
  5. T:トリアージで優先度を決める
  6. T:区分に応じた対応と継続的な再評価
  7. T:適切な場所へ・情報とともに搬送

「知っている」と「できる」は違います。ぜひ研修や訓練を通じて実践的に身につけてください。

次回は、薬剤師版トリアージである「薬事トリアージ」について詳しく解説します。


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「この薬、全部同じ?」薬の混在問題⑥ 

薬剤師の話ブログ(専門情報)

2026年6月17日水曜日

「この薬、全部同じ?違う?」災害現場での薬の混在問題【災害医療シリーズ⑥】

 こんばんは、田浦マインドです。

今回は、熊本地震の仮設診療所で実際に起きた「薬の混在問題」についてお伝えします。

一見マニアックな話に聞こえるかもしれませんが、これが調剤間違いの大きなリスク要因になりました。薬剤師だからこそ気づける、現場のリアルな課題です。


複数の病院から薬が集まってくる

仮設診療所には、複数の病院・支援チームがそれぞれ持参した医薬品が集まります。

ここで問題が起きました。

同じような薬なのに、名前が違う。同じ名前なのに、色が違う。同じ成分なのに、パッケージが違う。

具体的にどんな問題が起きたか、実例をご紹介します。


実際に起きた混在の例

① 同効能薬(効き目は同じだが成分が違う)

セルベックスカプセルとムコスタ錠——どちらも胃粘膜保護薬ですが、成分は異なります。効能は近くても、同じ薬ではありません。どっちかで良いですよね・・・(笑)

② 同一成分の先発品と後発品

デパス錠とエチゾラム錠——同じ成分(エチゾラム)ですが、前者は先発品、後者はジェネリック医薬品です。慣れていないスタッフには同じ薬とわかりにくい。

③ ジェネリックのメーカー違い

ロキソプロフェン錠「日医工」とロキソプロフェン錠「メディサ新薬」——成分・用量は全く同じですが、製薬メーカーが違います。見た目が微妙に異なり、「これ同じ薬?」と混乱が生じました。

④ 包装変更前後の製品の混在

ブチブロン錠とブチルスコポラミン錠——同一メーカーの同一成分薬ですが、包装・製品名が変更前後で混在していました。


同じワセリンでも色が違う!

さらに驚いたのは軟膏です。

ワセリンとプロペト——どちらも成分は「白色ワセリン」で同じです。しかし製薬メーカーが違うため、軟膏の色が異なっていました。

「これ、同じ薬ですか?」と看護師から確認が来た時、薬剤師として即座に「同成分です、大丈夫です」と答えられる——これが薬剤師の仕事です。


薬袋・薬情なしでの手書き識別

もうひとつ深刻な問題が起きました。

カロナール錠200mgと酸化マグネシウム錠330mgの外観包装が酷似していて、見分けがつかない——という状況です。

薬袋も薬剤情報提供文書(薬情)も印刷できない環境だったため、間違わないよう手書きで薬剤情報を記載し、薬にセロテープで貼り付けて提供しました。

アナログですが、これが患者さんの安全を守るための現実的な対応でした。


吸入薬がうまく吸えない患者さんへの工夫

もうひとつ印象に残っている工夫があります。

避難所には吸入薬(喘息・COPDなど)を使用している患者さんがいました。しかし普段と違う環境・ストレス・疲労の中で、うまく吸入できない方が増えていました。

そこで——紙コップを使って、簡易吸入補助器具(スペーサー)を現地で手作りしました。

市販のスペーサーがない環境でも、工夫次第で代替品が作れます。「できないと言わない」「何とかする」——この発想が、現場での薬剤師に求められる姿勢だと感じました。


SNSを活用した薬の在庫管理

今回の活動で活用できたのが、当日使用した薬剤リストと補充請求リストをSNSで拠点本部に送信するという方法です。

大規模災害時に公衆無線LAN「00000JAPAN」が無料開放されたため、避難所でもSNSを使用した情報共有が可能となりました。

翌日の人員・物資補充と一緒に、必要な薬を福岡の本部から届けてもらう——このサイクルで在庫管理を行いました。

夜23時頃に薬剤リストを送信し、翌日の昼に届く。この「24時間サイクル」が確立されてからは、薬の欠品不安が大幅に減りました。


今後の課題

この活動を通じてわかった最大の課題は——平時からの準備の必要性です。

複数チームが持参する医薬品リストを整備し、一元的な薬剤管理体制を構築しておくこと。混在しやすい薬の組み合わせをあらかじめ把握しておくこと。

「発災後の混乱した現場でゼロから考える」のでなく、「平時に十分に検討し整備しておくこと」が、災害時の薬剤師の活動を大きく左右します。


まとめ

  • 複数施設からの薬が集まると、同効薬・先後発混在・メーカー違いが発生する
  • 見た目が似ていても成分が違う薬があり、調剤間違いのリスクがある
  • 薬袋・薬情なしの環境では手書き対応で患者の安全を守る
  • 吸入補助器具を手作りするなど、ないものは工夫する
  • SNSを活用した在庫管理が有効
  • 平時からの薬剤リスト整備が最重要課題

次回は、災害対応の国際標準フレームワーク「CSCATTT」と、薬剤師版の「CSCATPPP」について解説します。


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避難所で糖尿病の薬どうする?⑤ 

薬剤師の話ブログ(専門情報)

2026年6月16日火曜日

避難所で「糖尿病の薬どうする?」問題【薬剤師が経験した低血糖対応】【災害医療シリーズ⑤】

 こんばんは、田浦マインドです。

熊本地震の避難所で最も印象に残っている薬剤師の仕事のひとつが、糖尿病患者さんへの血糖降下薬の調整です。

これは「薬剤師でなければできない仕事」の典型でした。


避難所の食事はこんな感じ

避難所で提供される食事は、炊き出しの内容によって日々変わります。

「朝:バナナ1本、夜:おにぎり2個」という日もあれば、別の日は別の内容、という具合に糖質・脂質・たんぱく質のバランスがバラバラです。

食欲がない方、食べる物自体がない方も多い。まさに「シックデイ(病気の日)」に近い状況が続きます。


低血糖が続出した理由

地震が起こる前の食生活に合わせた血糖降下薬を服用していた患者さんが、避難所での食事摂取中も同じ薬を同じ量で服用し続けました。

結果——低血糖が発生しました。

当然と言えば当然です。普段は毎食バランスのいい食事を摂っていた方が、バナナ1本・おにぎり2個の食事になれば、血糖の上昇幅が全く変わります。それなのに同じ薬を同じ量で飲み続ければ、血糖が下がりすぎてしまいます。


薬剤師の対応

この時、私たちが行った対応は2つです。

① 低血糖リスクのある薬を一時中止

食事状況が落ち着くまでの間、低血糖を引き起こす可能性のある薬を服用するのをやめていただきました。

② 一包化された薬から「抜薬」

薬がワンパック(一包化)になっている患者さんでは、そのパックの中から低血糖リスクのある薬だけを取り出す「抜薬」という作業を行いました。

これは薬の知識がある薬剤師だからこそできる対応です。どの薬が低血糖リスクを持つか、どの薬なら安全に継続できるかを即座に判断できる——これが「避難所における薬剤師の価値」です。


災害時に使いやすい糖尿病薬

この経験から、私が「災害時に使いやすい薬」として注目したのがDPP-4阻害薬です。

DPP-4阻害薬は、血糖値が高い時だけ血糖を下げ、血糖値が低い時は血糖値を下げないという特性を持ちます。つまり、食事摂取量に関わらず処方しやすく、低血糖リスクが低い。

災害時でも使用しやすい薬です。

さらにDPP-4阻害薬の中でも「リナグリプチン」は特に使いやすい。理由は、肝機能や腎機能に関係なく投与量が一定(5mg)だからです。

避難所での診察では血液検査がほぼできません。患者さんの肝機能・腎機能が正確にわからない状況で薬を処方しなければなりません。リナグリプチンは胆汁排泄型のため、腎機能・肝機能の状態がわからなくても処方しやすい——これが大きなメリットです。


DPP-4阻害薬の排泄経路の違い

参考までに、主なDPP-4阻害薬の排泄経路をまとめます。

  • シタグリプチン:腎臓87%
  • ビルダグリプチン:腎臓85%
  • アログリプチン:腎臓65%
  • リナグリプチン:胆汁90%(←腎機能影響を受けにくい)
  • テネリグリプチン:腎臓45%

腎排泄型の薬は腎機能が低下すると蓄積リスクがあります。災害時は血液検査できないため、胆汁排泄型のリナグリプチンが最も使いやすいという結論に至りました。


薬剤師がいなければわからないこと

「どの血糖降下薬が低血糖を起こしやすいか」「避難所の食事状況でどう調整すべきか」「どの薬なら腎機能不明でも安全に使えるか」——これらは医師だけでは判断しにくいことです。

薬剤師の専門知識が、避難所での患者さんの安全を守ります。

「薬剤師はただ薬を渡すだけ」——そんな誤解が少しでも解けることを願っています。


まとめ

  • 避難所の食事は栄養バランスが日々変わり、血糖コントロールに影響する
  • 同じ薬を同じ量で継続すると低血糖が発生する
  • 対応:リスクのある薬を一時中止、または一包化から「抜薬」
  • 災害時に使いやすい糖尿病薬はDPP-4阻害薬、特にリナグリプチン
  • 胆汁排泄型は腎・肝機能がわからない環境でも使いやすい

次回は、「同じ薬が何種類も混在した」問題と、現場での薬の工夫についてお伝えします。


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