こんばんは、田浦マインドです。
2016年4月、熊本地震が発生しました。
最大震度7の地震が2回(4月14日と16日)、震度6強が2回、震度6弱が3回。日本の観測史上、同一地域で震度7が2回観測されたのは初めてのことでした。
私はTMAT(徳洲会医療救援隊)の一員として、熊本県上益城郡御船町での災害医療支援活動に参加しました。今回はその体験を包み隠さずお伝えします。
参加の経緯
生駒市立病院に赴任して約1年。
救急科の医師から声がかかりました。「明日から熊本の支援に行きたい。薬剤師も必要だ。一緒に来てほしい」。
迷いはありませんでした。「はい、力にならせてください」と二つ返事で参加を決めました。
移動手段は救急車
被災地への移動は、救急車でした。
緊急車両であるため高速道路の通行が可能で、物資の搬送も兼ねることができます。長時間の移動で体力を使いますが、それより早く現地に着きたいという気持ちの方が強かったです。
仮設診療所の設置
御船町に到着後、まず行ったのは24時間常駐できる仮設診療所の設置です。
保健師さんとの密な連携を図りながら、地域事情を知り尽くした保健師さんが帯同する形で複数の避難所への効率的な巡回診療を行いました。
仮設診療所の薬品は、活動初期は少数から始まり、最終的には内服薬約50品目、外用薬約40品目、注射薬約30品目となりました。
避難所への巡回診療には、持参した薬剤・物品を使用しやすいように配置し、医師の隣で限られた医薬品の中から「この状況でベストな薬は何か」を随時提案しながら診療支援を行いました。
避難所の実態
避難所となった体育館には、ベッドも布団も十分にない状態でした。
要介護者にとっての生活環境が全く整っていません。そのため**「福祉避難所」**の設置が急務となりました。
また、乳幼児を抱えた家族は子供の声や行動を気にして周囲に配慮するあまり、屋外や車中で生活する人が多く見られました。妊産婦も授乳時のプライベートスペースが確保できない状況でした。そのため、乳幼児・妊産婦専用の避難所も設置しました。
余震が止まらない夜
4月14日以降、6月下旬までに震度1以上の地震が熊本地方で1,801回発生しました。震度3以上が401回です。
夜中も余震は続きます。
「怖くて眠れない」という声が多かった。もともと睡眠薬を服用していた方が「余震が怖いから飲めない(急に目覚めたいから)」という状況も生まれました。
車中泊をしている方も多い。水分を摂らずに狭いスペースで同じ体勢を長時間とっていると——エコノミークラス症候群(深部静脈血栓症・DVT)のリスクが急激に高まります。
DVT予防体操を毎朝実施
深部静脈血栓症(DVT)は、体の深部の静脈に血栓ができる状態です。初期症状は血栓発生部の痛み・むくみ・変色。血栓が肺に飛ぶと肺塞栓を起こし、死に至ることもあります。
TMATでは、理学療法士が毎朝DVT予防体操を実施しました。
そして私たちスタッフが撤退する際、このDVT予防体操を地元の高校生に引き継いでもらいました。支援チームが去った後も体操が続けられる——この「仕組み」を残すことも、災害支援の大事な仕事だと学びました。
断水の中での感染対策
被災地は断水状況でした。
手を洗えないと感染症が広がるリスクが高まります。保健センターの保健師さんと協力して、ノロウイルス・ロタウイルスなどウイルス性腸炎を予防するための啓発ポスターを作製しました。
また、ウイルス性腸炎患者の隔離室も設置。2か所の避難所では汚染・非汚染区域のゾーニングを実施しました——避難者の荷物を一旦すべて移動し、清掃・消毒した後、区域を分けて再配置する、という作業です。土足禁止エリアも設定しました。
大変な作業でしたが、感染症の蔓延を防ぐために欠かせない取り組みでした。
薬剤師として感じたこと
被災地では「薬剤師の日常業務がそのまま役に立つ」ということを実感しました。
調剤・服薬指導・DI業務・医薬品管理・公衆衛生活動——これらは普段から病院で当たり前にやっていることです。
ただし、使える医薬品は限られ、情報も不足し、設備もない。その制約の中でベストを尽くすことが求められます。
そして最後に、被災者のみなさんと同じ炊き出しをいただきながら、「自分がここにいる意味」をかみしめました。
まとめ
- 熊本地震は2016年4月、震度7が2回発生した記録的な地震
- TMATとして御船町で仮設診療所設置・巡回診療に参加
- 避難所の実態:ベッドなし・断水・余震続く車中泊
- エコノミークラス症候群予防体操を毎朝実施し、地元高校生に引き継ぎ
- 薬剤師の日常業務がそのまま被災地で力になる
次回は避難所での薬剤師の環境整備活動について詳しくお伝えします。
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