2026年6月18日木曜日

CSCATTTとは?災害対応7原則を薬剤師が解説【災害医療シリーズ⑦】

 こんばんは、田浦マインドです。

「CSCATTT(シーエスキャットティースリー)」——災害医療に関わる医療従事者なら必ず知っておくべき、国際標準の行動フレームワークです。

今回はこのCSCATTTと、薬局薬剤師向けに拡張した「CSCATPPP」をわかりやすく解説します。


CSCATTTとは

大規模災害時に医療チームが「何を・どの順番で・どのように」行動するかを示した国際標準フレームワークです。英国DMATが開発し、日本DMATも採用しています。

頭文字7文字にはそれぞれ意味があります。


C — Command & Control(指揮・統制)

最初に指揮系統を確立する。

誰が指揮官かを明確にし、情報を一元管理します。指揮系統が混乱すると、どんなに優秀なチームも動けません。

薬局での実践例:

  • 管理薬剤師が「災害時指揮官」として初動を指揮
  • スタッフの安否確認と役割分担を即座に決定
  • 患者対応・在庫管理・外部連絡の担当を明確化
  • 記録担当を置き、すべての判断・連絡を記録する

S — Safety(安全確保)

安全確保の優先順位は「自己 → 現場 → 傷病者」。

自分が倒れれば誰も助けられません。二次災害を防ぐことが最優先です。

薬局特有の安全ポイントとして、冷蔵医薬品(インスリン等)の温度管理、毒薬・劇薬の散乱防止、医療廃棄物の適切な処理なども含まれます。


C — Communication(情報伝達)

「正しい情報を・正しい相手に・正しいタイミングで」届けることが命を救う。

情報伝達の失敗が最も多くの死に関わります。

災害時は電話が繋がりにくい。FAX・SNS・無線など、代替手段を平時から準備しておくことが大切です。

報告フォーマットとして「SBAR」が有効です。

  • S(Situation):状況「インスリン患者が3日間注射できていません」
  • B(Background):背景「2型糖尿病で発症10年、グラルギン10単位/就寝前」
  • A(Assessment):評価「ケトアシドーシスの前兆と判断。血糖測定器もなし」
  • R(Recommendation):提案「インスリンと血糖測定器の確保を要請します」

A — Assessment(評価・状況把握)

「今何が起きているか」を迅速に把握し、必要資源を見積もる。

情報のない状態でいくら行動しても、的外れな対応になります。

薬局での発災後30分以内チェックリスト:

  • □ 建物・設備の被害状況
  • □ スタッフ全員の安否
  • □ 冷蔵庫・医薬品の状態
  • □ 来局患者・問い合わせ数
  • □ 電話・電力・水道の状態

T — Triage(トリアージ)

傷病者を重症度で分類し、対応優先度を決定する。

「全員を平等に救おうとすると、全員を救えなくなる」——これがトリアージの哲学です。

  • 赤(Ⅰ):最優先。生命危機があるが処置すれば救命可能
  • 黄(Ⅱ):待機的。数時間は待てる
  • 緑(Ⅲ):軽症。しばらく待てる
  • 黒(Ⅳ):死亡・救命不可

T — Treatment(治療・対応)

トリアージ区分に応じた処置を行う。

重要なのは「継続的な再評価」です。最初に緑だった患者が後から赤になることも、その逆もあります。状態は常に変化します。


T — Transport(搬送)

適切な医療機関へ搬送する。

薬剤師にとっての搬送支援とは、「適切な情報を添えて患者を繋ぐ」こと。薬剤情報なき搬送は受入病院に余計な負担をかけます。


CSCATPPP — 薬剤師版への拡張

CSCATTTの最後の3T(Triage・Treatment・Transport)を、薬局薬剤師の視点で読み替えたものがCSCATPPPです。

元の原則薬剤師版内容
T(Triage)P(Pharmaceutical Triage)薬事トリアージ:薬剤継続の緊急度を赤・黄・緑で判断
T(Treatment)P(Pharmaceutical Care)薬剤師ケア:服薬情報収集・一包化・副作用モニタリング
T(Transport)P(Patient Transport Support)患者搬送支援:重症化患者を医師・救急に確実につなぐ

CSCA(組織・準備フェーズ)は同じ、TTT(現場活動フェーズ)を薬剤師版に読み替えた——このフレームワークが頭に入っていれば、どんな災害現場でも「次に何をすべきか」が見えてきます。


まとめ

CSCATTTの7原則:

  1. C:まず指揮系統を確立する
  2. S:自己保護を最優先に
  3. C:SBARフォーマットで正確に伝える
  4. A:「今何が起きているか」をまず評価する
  5. T:トリアージで優先度を決める
  6. T:区分に応じた対応と継続的な再評価
  7. T:適切な場所へ・情報とともに搬送

「知っている」と「できる」は違います。ぜひ研修や訓練を通じて実践的に身につけてください。

次回は、薬剤師版トリアージである「薬事トリアージ」について詳しく解説します。


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「この薬、全部同じ?」薬の混在問題⑥ 

薬剤師の話ブログ(専門情報)

2026年6月17日水曜日

「この薬、全部同じ?違う?」災害現場での薬の混在問題【災害医療シリーズ⑥】

 こんばんは、田浦マインドです。

今回は、熊本地震の仮設診療所で実際に起きた「薬の混在問題」についてお伝えします。

一見マニアックな話に聞こえるかもしれませんが、これが調剤間違いの大きなリスク要因になりました。薬剤師だからこそ気づける、現場のリアルな課題です。


複数の病院から薬が集まってくる

仮設診療所には、複数の病院・支援チームがそれぞれ持参した医薬品が集まります。

ここで問題が起きました。

同じような薬なのに、名前が違う。同じ名前なのに、色が違う。同じ成分なのに、パッケージが違う。

具体的にどんな問題が起きたか、実例をご紹介します。


実際に起きた混在の例

① 同効能薬(効き目は同じだが成分が違う)

セルベックスカプセルとムコスタ錠——どちらも胃粘膜保護薬ですが、成分は異なります。効能は近くても、同じ薬ではありません。どっちかで良いですよね・・・(笑)

② 同一成分の先発品と後発品

デパス錠とエチゾラム錠——同じ成分(エチゾラム)ですが、前者は先発品、後者はジェネリック医薬品です。慣れていないスタッフには同じ薬とわかりにくい。

③ ジェネリックのメーカー違い

ロキソプロフェン錠「日医工」とロキソプロフェン錠「メディサ新薬」——成分・用量は全く同じですが、製薬メーカーが違います。見た目が微妙に異なり、「これ同じ薬?」と混乱が生じました。

④ 包装変更前後の製品の混在

ブチブロン錠とブチルスコポラミン錠——同一メーカーの同一成分薬ですが、包装・製品名が変更前後で混在していました。


同じワセリンでも色が違う!

さらに驚いたのは軟膏です。

ワセリンとプロペト——どちらも成分は「白色ワセリン」で同じです。しかし製薬メーカーが違うため、軟膏の色が異なっていました。

「これ、同じ薬ですか?」と看護師から確認が来た時、薬剤師として即座に「同成分です、大丈夫です」と答えられる——これが薬剤師の仕事です。


薬袋・薬情なしでの手書き識別

もうひとつ深刻な問題が起きました。

カロナール錠200mgと酸化マグネシウム錠330mgの外観包装が酷似していて、見分けがつかない——という状況です。

薬袋も薬剤情報提供文書(薬情)も印刷できない環境だったため、間違わないよう手書きで薬剤情報を記載し、薬にセロテープで貼り付けて提供しました。

アナログですが、これが患者さんの安全を守るための現実的な対応でした。


吸入薬がうまく吸えない患者さんへの工夫

もうひとつ印象に残っている工夫があります。

避難所には吸入薬(喘息・COPDなど)を使用している患者さんがいました。しかし普段と違う環境・ストレス・疲労の中で、うまく吸入できない方が増えていました。

そこで——紙コップを使って、簡易吸入補助器具(スペーサー)を現地で手作りしました。

市販のスペーサーがない環境でも、工夫次第で代替品が作れます。「できないと言わない」「何とかする」——この発想が、現場での薬剤師に求められる姿勢だと感じました。


SNSを活用した薬の在庫管理

今回の活動で活用できたのが、当日使用した薬剤リストと補充請求リストをSNSで拠点本部に送信するという方法です。

大規模災害時に公衆無線LAN「00000JAPAN」が無料開放されたため、避難所でもSNSを使用した情報共有が可能となりました。

翌日の人員・物資補充と一緒に、必要な薬を福岡の本部から届けてもらう——このサイクルで在庫管理を行いました。

夜23時頃に薬剤リストを送信し、翌日の昼に届く。この「24時間サイクル」が確立されてからは、薬の欠品不安が大幅に減りました。


今後の課題

この活動を通じてわかった最大の課題は——平時からの準備の必要性です。

複数チームが持参する医薬品リストを整備し、一元的な薬剤管理体制を構築しておくこと。混在しやすい薬の組み合わせをあらかじめ把握しておくこと。

「発災後の混乱した現場でゼロから考える」のでなく、「平時に十分に検討し整備しておくこと」が、災害時の薬剤師の活動を大きく左右します。


まとめ

  • 複数施設からの薬が集まると、同効薬・先後発混在・メーカー違いが発生する
  • 見た目が似ていても成分が違う薬があり、調剤間違いのリスクがある
  • 薬袋・薬情なしの環境では手書き対応で患者の安全を守る
  • 吸入補助器具を手作りするなど、ないものは工夫する
  • SNSを活用した在庫管理が有効
  • 平時からの薬剤リスト整備が最重要課題

次回は、災害対応の国際標準フレームワーク「CSCATTT」と、薬剤師版の「CSCATPPP」について解説します。


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避難所で糖尿病の薬どうする?⑤ 

薬剤師の話ブログ(専門情報)

2026年6月16日火曜日

避難所で「糖尿病の薬どうする?」問題【薬剤師が経験した低血糖対応】【災害医療シリーズ⑤】

 こんばんは、田浦マインドです。

熊本地震の避難所で最も印象に残っている薬剤師の仕事のひとつが、糖尿病患者さんへの血糖降下薬の調整です。

これは「薬剤師でなければできない仕事」の典型でした。


避難所の食事はこんな感じ

避難所で提供される食事は、炊き出しの内容によって日々変わります。

「朝:バナナ1本、夜:おにぎり2個」という日もあれば、別の日は別の内容、という具合に糖質・脂質・たんぱく質のバランスがバラバラです。

食欲がない方、食べる物自体がない方も多い。まさに「シックデイ(病気の日)」に近い状況が続きます。


低血糖が続出した理由

地震が起こる前の食生活に合わせた血糖降下薬を服用していた患者さんが、避難所での食事摂取中も同じ薬を同じ量で服用し続けました。

結果——低血糖が発生しました。

当然と言えば当然です。普段は毎食バランスのいい食事を摂っていた方が、バナナ1本・おにぎり2個の食事になれば、血糖の上昇幅が全く変わります。それなのに同じ薬を同じ量で飲み続ければ、血糖が下がりすぎてしまいます。


薬剤師の対応

この時、私たちが行った対応は2つです。

① 低血糖リスクのある薬を一時中止

食事状況が落ち着くまでの間、低血糖を引き起こす可能性のある薬を服用するのをやめていただきました。

② 一包化された薬から「抜薬」

薬がワンパック(一包化)になっている患者さんでは、そのパックの中から低血糖リスクのある薬だけを取り出す「抜薬」という作業を行いました。

これは薬の知識がある薬剤師だからこそできる対応です。どの薬が低血糖リスクを持つか、どの薬なら安全に継続できるかを即座に判断できる——これが「避難所における薬剤師の価値」です。


災害時に使いやすい糖尿病薬

この経験から、私が「災害時に使いやすい薬」として注目したのがDPP-4阻害薬です。

DPP-4阻害薬は、血糖値が高い時だけ血糖を下げ、血糖値が低い時は血糖値を下げないという特性を持ちます。つまり、食事摂取量に関わらず処方しやすく、低血糖リスクが低い。

災害時でも使用しやすい薬です。

さらにDPP-4阻害薬の中でも「リナグリプチン」は特に使いやすい。理由は、肝機能や腎機能に関係なく投与量が一定(5mg)だからです。

避難所での診察では血液検査がほぼできません。患者さんの肝機能・腎機能が正確にわからない状況で薬を処方しなければなりません。リナグリプチンは胆汁排泄型のため、腎機能・肝機能の状態がわからなくても処方しやすい——これが大きなメリットです。


DPP-4阻害薬の排泄経路の違い

参考までに、主なDPP-4阻害薬の排泄経路をまとめます。

  • シタグリプチン:腎臓87%
  • ビルダグリプチン:腎臓85%
  • アログリプチン:腎臓65%
  • リナグリプチン:胆汁90%(←腎機能影響を受けにくい)
  • テネリグリプチン:腎臓45%

腎排泄型の薬は腎機能が低下すると蓄積リスクがあります。災害時は血液検査できないため、胆汁排泄型のリナグリプチンが最も使いやすいという結論に至りました。


薬剤師がいなければわからないこと

「どの血糖降下薬が低血糖を起こしやすいか」「避難所の食事状況でどう調整すべきか」「どの薬なら腎機能不明でも安全に使えるか」——これらは医師だけでは判断しにくいことです。

薬剤師の専門知識が、避難所での患者さんの安全を守ります。

「薬剤師はただ薬を渡すだけ」——そんな誤解が少しでも解けることを願っています。


まとめ

  • 避難所の食事は栄養バランスが日々変わり、血糖コントロールに影響する
  • 同じ薬を同じ量で継続すると低血糖が発生する
  • 対応:リスクのある薬を一時中止、または一包化から「抜薬」
  • 災害時に使いやすい糖尿病薬はDPP-4阻害薬、特にリナグリプチン
  • 胆汁排泄型は腎・肝機能がわからない環境でも使いやすい

次回は、「同じ薬が何種類も混在した」問題と、現場での薬の工夫についてお伝えします。


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避難所で薬剤師がやること④ 

薬剤師の話ブログ(専門情報)

2026年6月15日月曜日

避難所で薬剤師がやること【環境整備・DVT予防・ゾーニング】【災害医療シリーズ④】

 こんばんは、田浦マインドです。

「災害時に薬剤師って何をするの?」

この質問、とても多くいただきます。今回は「薬を渡すこと以外」の薬剤師の仕事——避難所での環境整備活動について、熊本地震の経験をもとにお伝えします。


薬剤師の活動は「薬を渡すだけ」じゃない

災害現場での薬剤師の主な活動はこの4つです。

  1. 被災地に持参する医薬品の手配・管理
  2. 仮設診療所での調剤・服薬指導・DI業務
  3. 避難所への巡回診療に同行し、調剤・服薬指導・DI業務
  4. 環境整備など公衆衛生活動

4番目の「公衆衛生活動」——これが意外と知られていません。でも実は避難所での健康被害を防ぐ上で、非常に重要な仕事です。

「薬剤師の日常業務ですよ!」


避難所の環境アセスメント

避難所では衣食住が同一の環境になります。

土足が続くと手指が汚れ、様々な悪影響を引き起こします。喘息・気管支炎などの呼吸器疾患、ノロウイルスなど感染症蔓延の原因にもなります。

そこでTMATでは巡回診療時に「環境アセスメント」も行いました。具体的なチェック項目はこちらです。

  • トイレの環境と清掃、上下水道の復旧状況
  • 手洗い環境、ペーパータオルの設置
  • 手指消毒液の設置および感染予防の啓発活動
  • ゴミ置き場の区分けと管理
  • 大規模な避難所でのゾーニング(土足区域・非土足区域の区分け)

ゾーニングとは

ゾーニングとは、特定の目的のために区域を指定することです。

災害におけるゾーニングは主に2つの目的があります。

  1. 汚染の拡大を防ぎ、二次災害を防止する
  2. 被災者の動線を整理し、救助・救護活動を効率化する

熊本では2か所の避難所でゾーニングを実施しました。

作業はこうです。避難者の荷物を一旦すべて移動→清掃・消毒→区域を分けて再び荷物を移動。

これが想像以上に大変な作業でした。でも、感染症の拡大を防ぐためには欠かせません。


断水の中でのトイレ問題

熊本では断水が続きました。

トイレに水が流せない状況では、支援物資として届いた水を便器の給水タンクに補充して使用します。

大便をすると限りある水を多く使わなければならないため、大便を我慢している人が多く出ました。

結果として——被災から5日目頃から、便秘をして腹痛を訴える患者様が増え始めました。

これも災害関連の健康被害のひとつです。「水がない→排泄を我慢する→便秘→腹痛」という連鎖。


エコノミークラス症候群(DVT)との闘い

前回もお伝えしましたが、車中泊者を中心にエコノミークラス症候群(DVT:深部静脈血栓症)のリスクが非常に高まっていました。

DVTのリスクが高まる状況

  • 長時間同じ体勢
  • 水分を摂らない(トイレを我慢するため)
  • 狭い空間での生活

熊本地震ではDVTによる関連死も報告されています。

毎朝の予防体操は、理学療法士が主導で実施しました。薬剤師としては、DVTリスクが高い患者(特に抗凝固薬を服用している方)を把握し、医師・看護師と情報を共有することも大事だなと思いました。


ノロウイルス対策ポスターを手作り

断水状況では手洗いができません。手指消毒の使用を積極的に促しながら、保健センターの保健師さんと協力してウイルス性腸炎(ノロウイルス・ロタウイルス)予防のための啓発ポスターを手書きで作製しました。

また、ウイルス性腸炎の患者が出た際の隔離室も設置しました。

「感染症の蔓延を防ぐ」——これも薬剤師にできる重要な仕事です。


段ボールベッドが命を救う

最近の災害支援では「TKB48」という概念が注目されています。

T(トイレ)・K(キッチン)・B(ベッド)——この3つを発災後48時間以内に避難所へ届けることを目標とする国際標準の指標です。イタリアではこれを実現し「災害関連死ゼロ」を達成しています。

特に「B(ベッド)」、段ボールベッドの効果は絶大です。

床寝の問題点を整理すると——

  • 床からの冷気が直接伝わる(低体温・免疫低下)
  • 長時間同じ体勢でDVT発症リスクが上昇
  • 床から20cmまでほこりが舞い上がる(NHK実験)
  • 床の硬さ・物音の振動で睡眠の質が低下

段ボールベッドは保温・DVT予防・衛生改善・睡眠改善の効果があり、荷物の収納スペースにもなります。耐荷重は約500kg——一見弱そうに見えて、非常に頑丈です。

薬剤師として「この患者さんにはベッドが必要です」と声を上げ、行政・看護師・保健師と連携して優先配置を実現させる——これも立派な薬剤師の仕事です。


まとめ

避難所での薬剤師の環境整備活動:

  • 環境アセスメント(トイレ・手洗い・消毒・ゴミ管理)
  • ゾーニング(汚染区域と非汚染区域の分離)
  • DVT予防体操の支援と高リスク患者の把握
  • 感染症予防ポスター作製・隔離室設置
  • 段ボールベッドの普及推進(TKB48)

「薬を渡す」だけではない——環境整備こそが、災害関連死を防ぐ重要な薬剤師業務です。

次回は避難所で実際に起きた「血糖降下薬問題」をリアルにお届けします。


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熊本地震にTMATで参加した話③ 

薬剤師の話ブログ(専門情報)

2026年6月14日日曜日

熊本地震にTMATで参加した話【薬剤師が見た被災地のリアル】【災害医療シリーズ③】

 こんばんは、田浦マインドです。

2016年4月、熊本地震が発生しました。

最大震度7の地震が2回(4月14日と16日)、震度6強が2回、震度6弱が3回。日本の観測史上、同一地域で震度7が2回観測されたのは初めてのことでした。

私はTMAT(徳洲会医療救援隊)の一員として、熊本県上益城郡御船町での災害医療支援活動に参加しました。今回はその体験を包み隠さずお伝えします。


参加の経緯

生駒市立病院に赴任して約1年。

救急科の医師から声がかかりました。「明日から熊本の支援に行きたい。薬剤師も必要だ。一緒に来てほしい」。

迷いはありませんでした。「はい、力にならせてください」と二つ返事で参加を決めました。


移動手段は救急車

被災地への移動は、救急車でした。

緊急車両であるため高速道路の通行が可能で、物資の搬送も兼ねることができます。長時間の移動で体力を使いますが、それより早く現地に着きたいという気持ちの方が強かったです。


仮設診療所の設置

御船町に到着後、まず行ったのは24時間常駐できる仮設診療所の設置です。

保健師さんとの密な連携を図りながら、地域事情を知り尽くした保健師さんが帯同する形で複数の避難所への効率的な巡回診療を行いました。

仮設診療所の薬品は、活動初期は少数から始まり、最終的には内服薬約50品目、外用薬約40品目、注射薬約30品目となりました。

避難所への巡回診療には、持参した薬剤・物品を使用しやすいように配置し、医師の隣で限られた医薬品の中から「この状況でベストな薬は何か」を随時提案しながら診療支援を行いました。


避難所の実態

避難所となった体育館には、ベッドも布団も十分にない状態でした。

要介護者にとっての生活環境が全く整っていません。そのため**「福祉避難所」**の設置が急務となりました。

また、乳幼児を抱えた家族は子供の声や行動を気にして周囲に配慮するあまり、屋外や車中で生活する人が多く見られました。妊産婦も授乳時のプライベートスペースが確保できない状況でした。そのため、乳幼児・妊産婦専用の避難所も設置しました。


余震が止まらない夜

4月14日以降、6月下旬までに震度1以上の地震が熊本地方で1,801回発生しました。震度3以上が401回です。

夜中も余震は続きます。

「怖くて眠れない」という声が多かった。もともと睡眠薬を服用していた方が「余震が怖いから飲めない(急に目覚めたいから)」という状況も生まれました。

車中泊をしている方も多い。水分を摂らずに狭いスペースで同じ体勢を長時間とっていると——エコノミークラス症候群(深部静脈血栓症・DVT)のリスクが急激に高まります。


DVT予防体操を毎朝実施

深部静脈血栓症(DVT)は、体の深部の静脈に血栓ができる状態です。初期症状は血栓発生部の痛み・むくみ・変色。血栓が肺に飛ぶと肺塞栓を起こし、死に至ることもあります。

TMATでは、理学療法士が毎朝DVT予防体操を実施しました。

そして私たちスタッフが撤退する際、このDVT予防体操を地元の高校生に引き継いでもらいました。支援チームが去った後も体操が続けられる——この「仕組み」を残すことも、災害支援の大事な仕事だと学びました。


断水の中での感染対策

被災地は断水状況でした。

手を洗えないと感染症が広がるリスクが高まります。保健センターの保健師さんと協力して、ノロウイルス・ロタウイルスなどウイルス性腸炎を予防するための啓発ポスターを作製しました。

また、ウイルス性腸炎患者の隔離室も設置。2か所の避難所では汚染・非汚染区域のゾーニングを実施しました——避難者の荷物を一旦すべて移動し、清掃・消毒した後、区域を分けて再配置する、という作業です。土足禁止エリアも設定しました。

大変な作業でしたが、感染症の蔓延を防ぐために欠かせない取り組みでした。


薬剤師として感じたこと

被災地では「薬剤師の日常業務がそのまま役に立つ」ということを実感しました。

調剤・服薬指導・DI業務・医薬品管理・公衆衛生活動——これらは普段から病院で当たり前にやっていることです。

ただし、使える医薬品は限られ、情報も不足し、設備もない。その制約の中でベストを尽くすことが求められます。

そして最後に、被災者のみなさんと同じ炊き出しをいただきながら、「自分がここにいる意味」をかみしめました。


まとめ

  • 熊本地震は2016年4月、震度7が2回発生した記録的な地震
  • TMATとして御船町で仮設診療所設置・巡回診療に参加
  • 避難所の実態:ベッドなし・断水・余震続く車中泊
  • エコノミークラス症候群予防体操を毎朝実施し、地元高校生に引き継ぎ
  • 薬剤師の日常業務がそのまま被災地で力になる

次回は避難所での薬剤師の環境整備活動について詳しくお伝えします。


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DMAT・JMAT・TMATとは② 

災害医療とは何か① 

薬剤師の話ブログ(専門情報)

2026年6月13日土曜日

DMAT・JMAT・TMAT・日薬…災害医療チームを全部わかりやすく解説【災害医療シリーズ②】

 こんばんは、田浦マインドです。

「DMATって何?JMATとどう違うの?」

災害のニュースを見ていると、さまざまな略称が出てきて混乱しますよね。今回は災害医療を担う各チームを、薬剤師の視点から整理してお伝えします。


災害フェーズと医療チームの役割分担

まず大前提として、災害医療は「フェーズ(時期)」によって必要な医療の中身が変わります。

  • 超急性期(〜24時間):生命救助最優先。DMAT・日赤が稼働
  • 急性期(〜72時間):医療資源の集中、広域搬送調整
  • 亜急性期(〜1ヶ月):避難所医療開始、慢性疾患管理。JMAT・TMATが活躍
  • 慢性期(1ヶ月〜):仮設住宅移行、在宅支援再構築、災害関連死予防

薬剤師はどのフェーズでも活動できますが、特に亜急性期以降の慢性疾患管理・服薬継続支援において力を発揮します。


DMAT(ディーマット)

Disaster Medical Assistance Team(災害派遣医療チーム)

「災害の急性期(48時間以内)」に活動するために、専門的な訓練を受けた機動性のある医療チームです。

厚生労働省が実施する「日本DMAT隊員養成研修」を修了した医師・看護師・調整員で構成され、原則4人1チーム。

主な活動は、被災地内でのトリアージ・応急治療・搬送、SCU(広域搬送拠点)での医療支援、広域搬送の調整などです。

発災後3日目以降になると、急性期の活動を終えたDMATは現地からの撤退を検討し始めます。

急性期の活動がメインですが、現在は、活動時期が広範囲になりつつある傾向にあります。


JMAT(ジェイマット)

Japan Medical Association Team(日本医師会災害医療チーム)

DMATが撤退するタイミングで入れ替わるように被災地へ入り、現地の医療体制が回復するまで地域医療を支える組織です。東日本大震災を機に発足し、1,300チーム以上を派遣した実績があります。

「DMATが急性期→JMATが亜急性期以降」 というバトンタッチの関係です。


日本赤十字社

急性期から慢性期まで幅広く対応する組織です。全国で約500班(約7,000人)の救護班を編成しており、救護所の設置、避難所での診療、こころのケア活動などを担います。


TMAT(ティーマット)

Tokushukai Medical Assistant Team(徳洲会医療救援隊)

私が所属する徳洲会グループの医療支援組織です。

1995年の阪神淡路大震災を契機に発足し、2005年にNPO法人化。以来、国内19回・海外21回(難民支援含む)の計40回以上の災害に派遣、1,300名を超える医療スタッフが活動してきました。

東日本大震災では2ヶ月間で903名を派遣し、15,677名を診療——民間最大規模の支援活動を行いました。

TMATの最大の特徴は「迅速で柔軟な組織」であること。大規模災害が起これば当日か翌日には現地に駆けつけ、医療支援活動を開始します。そして薬剤師もチームの重要な一員として活動します。


日本薬剤師会

日本薬剤師会が組織する災害支援チームです。

急性期〜亜急性期において、避難所・救護所での調剤、服薬相談、お薬手帳の収集、医薬品供給の調整などを担います。熊本地震・西日本豪雨・能登半島地震でも実績があります。

薬局薬剤師の立場から医薬品供給・服薬管理を支援するチームとして、薬剤師に最も身近な災害支援組織です。


その他の専門チーム

DPAT(ディーパット):Disaster Psychiatric Assistance Team。精神疾患患者の継続ケア・PTSD予防介入を担う精神科医療チーム。

DHEAT(ディーヒート):Disaster Health Emergency Assistance Team。保健所職員を中心とした公衆衛生チーム。避難所の衛生環境管理・感染症対策を担当。

DCAT(ディーキャット):Disaster Care Assistance Team。要配慮者(高齢者・障害者)の支援・福祉避難所の運営を担う社会福祉士・介護士チーム。


薬剤師はロジスティックの専門家としても活動

「ロジスティック(logistic)」という言葉があります。元来は戦場における後方支援——必要物資や情報などの管理・調達のことです。

災害医療においても同様で、最前線の医師や看護師に対して、薬剤師や事務員の任務がこれに当たります。

薬剤師は医療専門職でありながら、ロジスティックにも関わることができる——この特性が、災害医療の中で改めて重要視されつつあります。

「薬剤師という狭い枠だけでなく、医療人として何をすべきか、何ができるかをその場で実践していくこと」——これが災害現場での薬剤師の姿勢だと、私は熊本・能登の経験から確信しています。


まとめ

チーム活動時期主な役割
DMAT超急性期〜48時間トリアージ・搬送・被災病院支援
日赤急性期〜慢性期救護所・避難所診療・こころのケア
TMAT急性期〜亜急性期仮設診療所・巡回診療(薬剤師も活躍)
JMAT亜急性期〜地域医療支援・慢性疾患管理
日薬JAT急性期〜亜急性期医薬品供給・服薬管理
DPAT急性期〜慢性期精神科医療・PTSD対応

次回は、私が実際に参加した熊本地震のTMAT活動について、リアルな体験談をお伝えします。


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災害医療とは何か① 

薬剤師の話ブログ(専門情報)

2026年6月12日金曜日

災害医療とは何か?救急医療との「決定的な違い」を病院薬剤師が解説【災害医療シリーズ①】

 こんばんは、田浦マインドです。

今回から「災害医療シリーズ」をスタートします。

私は熊本地震(2016年)と能登半島地震(2024年)に災害派遣薬剤師として参加し、現在は徳洲会グループ薬剤師災害医療研究会の委員長を務めています。

「災害医療って、救急医療の規模が大きくなったものでしょ?」——そう思っている方、少し待ってください。この勘違いが、いざという時に命取りになります。


災害医療の定義

災害医療とは、地震・津波・豪雨・火山噴火・大規模事故などにより、対応する側の医療能力を上回るほど多数の医療対象者が発生した際に行われる医療のことです。

一言で言えば、**「需要と供給のバランスが崩れた状態での医療」**です。


救急医療との決定的な違い

救急医療と災害医療は、根本的に異なります。

救急医療は、患者に対して十分な医療を供給できる環境下で行われる「日常的な医療」の一部です。医療関係者の手により「患者にとって必要なすべての医療」が提供されます。

災害医療は、急激な傷病者の増加に医療供給が全く追いつかない状況下で行われます。電気・水道などのインフラも被災し、停電・断水の中、医薬品の供給もストップするという、想像以上に過酷な状況です。

ここが重要なポイントです。

災害医療では、最初から「患者にとって必要なすべての医療を提供すること」は不可能です。

これは患者さんにもきちんと説明しなければなりません。


「単純に規模が大きくなっただけ」という勘違いが命を奪う

救急医療の規模が大きくなったものが災害医療だ、と勘違いすると——実際の現場に出た時に救えたはずの命が失われかねません。

例えばトリアージ(重症度分類)。

救急医療では、一人の患者につき2〜3分をかけてトリアージを行います。

しかし災害医療では、60人の患者が一度に来た場合、1人に1分かけると60番目の患者は到着後1時間以上、重症か軽症かもわからない状態で放置されることになります。実際の災害では患者数が60人で済むはずもなく、その後に診察・応急処置・手術が続くのです。

だから災害医療では、1人あたり30秒以内でトリアージを完了できるよう、「START式トリアージ」という簡素化された方法が使われます。


災害医療のトリアージ区分

トリアージとは、患者の重症度に基づいて治療の優先度を決定することです。

区分は4つ。

  • 赤(Ⅰ:緊急) 生命・四肢に危険な状況で直ちに処置が必要
  • 黄(Ⅱ:準緊急) 2〜3時間処置を遅らせても悪化しない程度
  • 緑(Ⅲ:軽症) 軽度外傷、通院治療が可能な程度
  • 黒(0:死亡) 生命兆候のないもの

これは非常に合理的なようで、実はとても辛い判断が求められます。「全員を平等に救おうとすると、全員を救えなくなる」——これが災害医療の根本にある哲学です。


72時間の壁

もうひとつ知っておくべき重要な概念が「72時間の壁」です。

発災後72時間を超えると、発見される被災者の救命率は大幅に低下します。

しかし——72時間を過ぎたら災害医療が終わるわけではありません。

むしろ72時間以降は、医療ニーズの「中身」が変わります。急性外傷の患者が減り、代わりに**慢性疾患の悪化(高血圧・糖尿病・認知症)や精神的疾患(不安・不眠)**が主体になってきます。

熊本地震では「関連死」が直接死の約4倍に達しました。直接死50人に対し、関連死は218人。

薬を飲めなかった、避難所の環境が悪かった、エコノミークラス症候群になった——こうした「直接の被害ではない死」を防ぐことが、72時間以降の最大の使命になるのです。


日本の災害医療を担う組織

国内で全国規模の災害医療能力を持つのは、自衛隊と日本赤十字社の2組織だけです。

これ以外に、平時から専門訓練を受けた医師・看護師が組織するDMAT(災害派遣医療チーム)が急性期に活動し、72時間以降にはJMAT(日本医師会災害医療チーム)が引き継ぎます。

私が所属する徳洲会グループのTMAT(徳洲会医療救援隊)は民間の医療支援団体として、阪神淡路大震災以降、国内外計40回以上の災害に派遣されています。


まとめ

  • 災害医療とは「需要と供給のバランスが崩れた状態での医療」
  • 救急医療とは根本的に異なる——すべての患者に最善の医療は提供できない
  • トリアージは30秒以内の判断が求められる
  • 72時間の壁:それ以降は慢性疾患管理・関連死予防が主戦場になる

次回は、災害医療を支える各チーム(DMAT・JMAT・TMAT・日薬など)の役割を詳しく解説します。


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離島医療シリーズ 

薬剤師の話ブログ(専門情報)

2026年6月11日木曜日

離島勤務が土台になった——熊本地震・災害医療へ【離島医療シリーズ⑧・完結】

 こんばんは、田浦マインドです。

離島医療シリーズ最終回は、離島・僻地での勤務経験が「その後の自分」にどうつながったかをお伝えします。


離島から災害医療へ

2016年4月、熊本地震が発生しました。

私が現在の病院に赴任して1年ほど経った頃です。

救急科の医師から声がかかりました。「明日から熊本地震の支援に行きたい。薬剤師も必要だ。一緒に来てほしい。」

迷わず「はい、力にならせてください」と二つ返事しました。


なぜすぐに「はい」と言えたのか

鹿児島・離島・僻地で10年間勤務した経験が、私を即答させてくれたと思っています。

  • 薬が届かない状況での対応経験
  • 一人で全ての業務を判断してきた経験
  • 予測不能な事態に柔軟に対応してきた経験

離島勤務は、ある意味で「小さな災害」の連続でした。

年末年始に薬が入ってこない。台風で欠航が続く。深夜に急変患者が来る。島に薬剤師が自分一人しかいない——。

こうした経験が積み重なって、「どんな状況でも何とかしてみせる」という自信になっていました。


離島勤務が私の薬剤師としての土台

振り返ると、沖永良部島・山川病院での合計6年間の離島・僻地勤務は、私の薬剤師人生の根っこになっています。

自分で考える力 答えをすぐに誰かに聞けない環境で、自分で調べ、判断し、行動する習慣がついた。

幅広い業務知識 DI・発注・棚卸し・麻薬管理・病棟・NST——全てを一人でこなしたことで、薬剤師業務の全体像が見えるようになった。

人とのつながり 全国から応援に来た医師・看護師・薬剤師との出会いが、今も続く大切な財産になっている。

挑戦する姿勢 「離島にいるからできない」ではなく「どんな環境でも挑戦できる」という信念が生まれた。


薬学生・就活生へ——離島・僻地勤務を選択肢に

「離島勤務」と聞くと、不安や抵抗を感じる方もいると思います。

でも、あの2年間がなければ今の自分はありません。

閉塞感や孤独感、薬が届かない不安……辛い経験もたくさんありました。それでも振り返れば、全てが宝物です。

「やる気があれば、どこでも何でもできる!」

これが、私が離島から学んだ最大のメッセージです。

もし離島・僻地勤務に少しでも興味があれば、ぜひ一度見学や短期応援から体験してみてください。必ず、あなたの薬剤師人生の大きな糧になると思います。


離島医療シリーズ 全記事まとめ

全8回にわたってお届けした「離島医療シリーズ」はこれで完結です。

① 沖永良部島で薬剤師として働いた2年間 

② 離島に薬が届かない!薬の欠品危機 

③ 深夜5時のオンコール「心筋梗塞の患者が来た!」 

④ 「島から出られない」閉塞感と本音 

⑤ 離島薬剤師は「なんでも屋」!幅広い業務と成長 

⑥ 「退院はゴールじゃない」地域医療の原点 

⑦ 徳洲会グループが離島医療を支える仕組み 

⑧ 離島勤務が土台になった——熊本地震・災害医療へ(本記事)

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!


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徳洲会グループが離島医療を支える仕組み⑦ 

病院薬剤師の1日スケジュール 

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薬剤師の話ブログ(専門情報)

2026年6月10日水曜日

徳洲会グループが離島医療を支える仕組み【離島医療シリーズ⑦】

 こんばんは、田浦マインドです。

離島医療シリーズ第7回は、私が所属していた徳洲会グループが離島医療をどのように支えているかについてお伝えします。

「なぜ離島でもあれほどの医療ができるのか?」——その裏側に迫ります。


徳洲会グループの創設者と離島の深いつながり

徳洲会グループの創設者・徳田虎雄先生は、鹿児島県の離島・徳之島のご出身です。

先生が小学3年生の時、3歳の弟が夜中に医師に診てもらえず亡くなりました。

この経験から「貧乏でも、たとえ真夜中でも、患者さんを診る医師になる」と決心し、医師になり徳洲会グループを創設されました。

「徳洲」という言葉自体が「徳之島」を指す言葉でもあります。

離島医療への強いこだわりは、グループの原点そのものです。


全国92病院の中に離島・僻地20病院

徳洲会グループは全国に92病院を展開しています。

そのうち離島11病院・僻地9病院、合わせて20の離島・僻地病院があります。

屋久島・種子島・徳之島・沖永良部・与論・宮古島・石垣島など、鹿児島〜沖縄にかけての離島に多くの病院が点在しています。


毎月40名の薬剤師が応援に行く

薬剤師が充足していない離島・僻地の病院には、グループ内から応援薬剤師を定期的に派遣する仕組みがあります(原則2ヶ月交代)。

その規模は——毎月約40名。

  • 2022年度:22病院・40枠・12,810日

これだけの人数が継続的に応援に行くことで、離島の医療が成り立っています。

「僻地・離島医療は、徳洲会の大きな使命」——この言葉は、数字が証明しています。


「徳洲号」というセスナ機がある

徳洲会グループには**「徳洲号」**と呼ばれる6人乗りのセスナ機があります。

離島の各病院が維持コストを分担して所有するこのセスナは、主に救急患者の移送や定期便欠航時の医師移動に活躍しています。


2つの離島運営方式の違い

離島医療の運営方式には大きく2つのアプローチがあります。

①A方式:「初期治療して本土へ送る」

  • 手術設備なし、CT程度の設備
  • 重症患者はすぐに内地の病院へ搬送
  • 医師確保がしやすい

ただし患者さんは「内地に行ってください」と言われ続け、経済的・精神的負担が大きい。悪天候時には搬送できず、命の危機になることも。

②徳洲会方式:「医療を島で完結させる」

  • CT・MRI・手術設備を整備
  • できる限り島内で治療を完結させる
  • 必要最小限の患者だけ島外搬送

患者さんが島を離れる必要がなく、安心して暮らせる。ただし医師の確保が難しく、高いスキルが求められる。

島民にとってはもちろん「島で医療が完結する」方式の方が安心できます。徳洲会はこの難しい道を選んでいます。


連携の強さが離島医療を救う

私自身、離島勤務中に何度も「グループの仲間に助けられた」と感じました。

わからないことがあれば他のグループ病院に相談できる。書類作成や監査対応も仲間がサポートしてくれる。

「困った時は助け合う」——このグループ文化があったからこそ、離島でも安心して挑戦できました。


まとめ

  • 徳洲会グループの創設者・徳田虎雄先生自身が離島出身
  • 全国92病院のうち20病院が離島・僻地
  • 毎月約40名の薬剤師が応援に行く仕組みがある
  • 「医療が島で完結する」方式を目指すのが徳洲会の理念
  • グループの横のつながりが離島勤務を支えている

次回は、離島勤務を経て熊本地震の災害医療支援に参加した経験についてお伝えします。


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「退院はゴールじゃない」離島で学んだ地域医療の原点⑥ 

薬剤師の話ブログ(専門情報)

2026年6月9日火曜日

「退院はゴールじゃない」離島で学んだ地域医療の原点【離島医療シリーズ⑥】

 こんばんは、田浦マインドです。

離島医療シリーズ第6回は、離島で感じた「医療の原点」についてお伝えします。

私が離島勤務を通して一番変わったこと——それは患者さんとの関わり方への考え方です。


急性期病院での医療の限界

都市部の急性期病院で働いていた頃、私の中の「ゴール」は患者さんの退院でした。

入院してきた患者さんに薬を届け、服薬指導をして、無事に退院してもらう。退院してくれたら「よかった」と一息つく——それが当たり前の感覚でした。

でも、退院後どうなるかは、あまり深く考えていなかった。

急性期病院では、入院したと思ったらもう2週間後には退院。その間にどれだけ関われたか、どれだけのことをしてあげられたか……というもどかしさはありながらも、次の患者さんが来るという繰り返しの毎日。


離島では「退院≠ゴール」

沖永良部島で働いて、この感覚が大きく変わりました。

島では、患者さんは退院した後も同じ島に暮らし続けます。外来に来る時も、在宅になった時も、ずっと同じ顔ぶれです。

退院後に「あの患者さん、今どうしてるかな」と自然に気になる。

島で顔を合わせれば「最近調子はどう?」と声をかけ合える。

いつの間にか、患者さんが家族の一員のような存在になっていました。


お母さんのお腹の中から、看取りまで

離島医療の理想形として、こういう言葉があります。

お母さんのお腹の中にいる時から出会い、生まれ、時には入院し、退院後も外来や在宅医療を通じて、ずっと患者さんとの関わりは続いていく。

①産まれる → ②病気が見つかる → ③治療 → ④終末期 → ⑤看取り

この全てのステージに、同じ医療従事者が関わり続けられる——それが離島医療の原点です。

人口が限られているからこそ、人との関わりと結びつきが都会とは比べ物にならないほど深くなります。


島では産婦人科も守り続けた

沖永良部病院では、産婦人科が存続の危機を迎えたことがありました。

常勤の産婦人科医が高齢となり、代わりの常勤医が確保できないという理由で、産婦人科休止の方針が出されたのです。

「島の産声を守る会」が署名活動を始め、行政への支援要請も行われました。

しかし実際に常勤医を探し奔走したのは当時の院長先生自身であり、徳洲会グループの産婦人科医が3〜7日おきに応援に来ることで何とか運営を続けました。

行政の補助を受けずに、医師たちの情熱と徳洲会グループの団結で守り続けた産婦人科——この話は、今でも私の胸に刻まれています。


「飲みニケーション」の原点がここにある

少し話は変わりますが、離島での人間関係について。

最初は奥手だった島の人も、お酒を一緒に飲めばすぐに友達になります。

飲み会が多い、歓送迎会がある、応援に来た医療スタッフとご飯を食べに行く——仕事とプライベートの境界が自然と薄れていきます。

限られた空間の中で人と深く付き合えることは、離島勤務の大きな魅力のひとつ。

ゲレンデマジックならぬ「島マジック」という言葉もあるくらいです(笑)。解放的な自然の中で、普段は気にもしなかった人がとても輝いて見える——離島や応援先で恋人ができることも、意外と多いのです。


まとめ

  • 都市部の急性期医療では「退院がゴール」になりがち
  • 離島では退院後もずっと患者さんと関わり続ける
  • 産まれてから看取りまで、生涯にわたって寄り添える医療
  • 人口が少ない分、人との結びつきが深く温かい
  • 「島マジック」が生まれるほど、人と深く関われる環境

次回は、離島医療を支える組織・徳洲会グループの仕組みについてお伝えします。


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離島薬剤師は「なんでも屋」!幅広い業務⑤ 

薬剤師になって良かったこと・大変なこと本音 

薬剤師の話ブログ(専門情報)

2026年6月8日月曜日

離島薬剤師は「なんでも屋」!幅広い業務がもたらした成長【離島医療シリーズ⑤】

 こんばんは、田浦マインドです。

離島医療シリーズ第5回は、離島薬剤師の「業務内容」と、そこから得られた大きな成長についてお伝えします。


離島では「全部自分でやる」

大きな病院では、薬剤師の業務は役割分担されています。

  • DI担当(薬の情報収集・提供)
  • 発注担当
  • 棚卸し担当
  • 注射調製担当
  • 病棟担当

それぞれの専門担当がいて、効率よく動く仕組みになっています。

しかし離島では違います。

幅広い業務を一人でこなさなければなりません。

麻薬の購入・廃棄・取扱い、薬品管理、基本発注、新規採用薬の検討、医薬品卸・メーカーとの交渉、病棟対応——これら全てが自分の仕事です。

大きな病院で2〜3年目では「まだ任されていない」ような業務も、離島では日常的に自分で判断しなければならない。

最初は不安でいっぱいでしたが、振り返ってみるとこれほど凝縮した薬剤師業務の経験はなかったと思っています。


「困ったらグループに相談する」文化

「全部自分でやる」とはいえ、孤独ではありませんでした。

診療報酬改定の資料作成、保健所の立ち入り調査、地方厚生局の監査——都市部の大病院でも大変なこれらの業務も、徳洲会グループの仲間が必ず助けてくれました。

グループ内での横のつながりが非常に強い組織なので、「これ、どうすればいい?」と連絡すれば、必ず誰かが助けの手を伸ばしてくれる。

この文化のおかげで、離島勤務を乗り越えることができたと思っています。


方言がわからない!でも大丈夫

離島業務でエピソードもうひとつ。

島のお年寄りの方と話すと、方言が全くわからないのです(笑)。

「え、今なんて言ったんだろう…」と困っていると、必ず近くにいる人が通訳しに来てくれました。

島の人の温かさを感じた瞬間のひとつです。


応援に行く時の注意点:はさみは没収される

これは後輩に絶対伝えたいことです。

飛行機で離島の病院に応援に行く際——調剤用のはさみを機内に持ち込まないでください!

持ち物検査で引っかかり、没収されます。

私自身、4回応援に行って2回没収されました(笑)。はさみがないと薬剤師業務に支障が出ます。必ず荷物と一緒に預けるか、郵送しましょう。


離島でも学会発表はできる

「離島にいるから学会発表なんてできない」と思っていませんか?

全く違います。

私は沖永良部島に勤務しながら、以下の発表・研究活動を行いました。

  • 第24回日本静脈経腸栄養学会 ポスター発表
  • 第19回日本医療薬学会 ポスター発表
  • 第7回鹿児島NST研究会 口頭発表
  • NST専門療法士(NST専門薬剤師)認定取得
  • 週刊薬事新報への原稿掲載

「大きな病院にいるから発表できる、小さな病院・離島にいるから発表できない、ということはない!」

これは今でも確信を持って言えることです。


医療薬学会での一言が、今の自分を作った

医療薬学会で発表した時のこと。

自分の発表を聞いてくださった薬剤師の先生から、こんな言葉をいただきました。

「先生は、若手薬剤師の見本ですね。いろいろなことにどんどん挑戦していってください。」

この言葉が今でも、私のモチベーションの源になっています。

離島という環境の中でも諦めずに挑戦し続けたことが、人との出会いにつながり、力をもらえた。

「やる気があれば、どこでも何でもできる!」

これが私の信念です。


まとめ

  • 離島では薬剤師業務の全てを幅広く担う「なんでも屋」になれる
  • グループの仲間が困った時は必ず助けてくれる
  • 方言がわからなくても、島の人が助けてくれる
  • 飛行機応援時ははさみ没収注意!
  • 離島でも学会発表・研究活動は十分できる
  • 挑戦し続けることが、人との出会いと成長につながる

次回は、離島医療の「退院後も続く患者さんとの関係」についてお話しします。


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「島から出られない」閉塞感と本音④ 

病院薬剤師の1日スケジュール 

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2026年6月7日日曜日

離島薬剤師の本音|「島から出られない」閉塞感とそれでも続けた理由【離島医療シリーズ④】

こんばんは、田浦マインドです。

離島医療シリーズ第4回は、離島薬剤師の「悩みと閉塞感」について正直にお話しします。

良いことばかりではありません。離島勤務のリアルな辛さも、包み隠さずお伝えします。


離島薬剤師の悩み【交通・情報編】

交通機関が天候に左右される

船も飛行機も、悪天候で欠航します。「今日帰れるかな」「薬は届くかな」という不安は、都市部ではほぼ経験しないものです。

情報量が少ない

離島は本土に比べて、どうしても情報量が少なくなります。最新の医薬品情報、学会発表、研究会——情報を得るために本土に出ていかなければならない機会が多い。

学会・勉強会に参加しにくい

離島から学会に行くには、前泊・後泊が必要になることも多く、移動だけで1〜2日かかります。「勉強したいのに、なかなか行けない」という葛藤がありました。

薬がすぐに手に入らない

前回お話しした通りです。救急で必要な薬が手元にない——この緊張感は離島にいる間、ずっとありました。


離島薬剤師の悩み【精神的・環境編】

モチベーションが続きにくい

人員が少なく、業務の幅も限られてくると、「自分は成長しているのか」という不安が湧いてきます。

閉塞感がある

これが一番きつかったかもしれません。

「島から出られない。この生活が一生続くのかという」という気持ち。

特に長く離島に勤務していると、「都会の病院に戻れないんじゃないか」「オーダリングシステムや電子カルテから遠ざかっていく」という焦りがありました。

特診が週末に多い

離島では、専門医が定期的に来島して診察する「特診(特別診療)」という形態があります。これが週末に集中しがちなため、休みを取りにくい状況が続きました。


Dr.コトーのモデルの先生も言っていた

鹿児島県下甑島で30年間離島医療を支えた、Dr.コトーのモデルとなった先生がこんな言葉を残しています。

「半年のつもりが、もう半年、もう半年と延びていく中で、自分はこのままここで終わってしまうのではないかという気持ちを抑えることが一番つらかった。それでも、これもやろう、あれもやろうと自分の挑戦を続けたことが自分を支えてきました」

——これは薬剤師である私自身の気持ちとも、完全に重なります。


自分が経験した閉塞感

沖永良部病院から山川病院(僻地の病院)に転勤した時のことです。

「常勤薬剤師がいなくなるから、半年だけ来てほしい」という約束で転勤しました。

しかしその約束をした事務長は栄転され、「半年でいい」という話を知っている人はもうどこにもいない——。

「関西にいつ帰れるんだろう…」

「半年のつもりがもう半年もう半年と延びていく中で、このまま都会に戻れないんじゃないかという気持ちがツラかった。それでも、みんなで勉強会や研修会を企画しよう、臨床研究もやろう、薬剤師を探しに就職説明会にも行こう、と自分の挑戦を続けたことが自分を支えてきたと思っています。」

これが、私の正直な気持ちでした。


それでも離島に行って良かった

辛いことをたくさん書きましたが、それでも——離島に行って、本当に良かったと思っています。

  • 自分で考えて動く力がついた
  • 全国から来た医師・研修医・看護師・薬剤師の仲間ができた
  • 臨床の現場を幅広く経験できた
  • 不便な状況下での工夫と柔軟な思考が身についた

この2年間が、今の自分の薬剤師としての土台になっています。


まとめ

  • 交通・情報・薬の入手困難など、環境的な悩みは多い
  • 「島から出られない」閉塞感は、長期勤務になるほど重くなる
  • しかし、その中で「それでも前に進もう」と選んだことが成長につながった
  • 辛い経験があるからこそ、今の自分がある

次回は、離島での「幅広い業務経験」と、それが薬剤師としての成長にどうつながったかをお話しします。


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