2026年6月9日火曜日

「退院はゴールじゃない」離島で学んだ地域医療の原点【離島医療シリーズ⑥】

 こんばんは、田浦マインドです。

離島医療シリーズ第6回は、離島で感じた「医療の原点」についてお伝えします。

私が離島勤務を通して一番変わったこと——それは患者さんとの関わり方への考え方です。


急性期病院での医療の限界

都市部の急性期病院で働いていた頃、私の中の「ゴール」は患者さんの退院でした。

入院してきた患者さんに薬を届け、服薬指導をして、無事に退院してもらう。退院してくれたら「よかった」と一息つく——それが当たり前の感覚でした。

でも、退院後どうなるかは、あまり深く考えていなかった。

急性期病院では、入院したと思ったらもう2週間後には退院。その間にどれだけ関われたか、どれだけのことをしてあげられたか……というもどかしさはありながらも、次の患者さんが来るという繰り返しの毎日。


離島では「退院≠ゴール」

沖永良部島で働いて、この感覚が大きく変わりました。

島では、患者さんは退院した後も同じ島に暮らし続けます。外来に来る時も、在宅になった時も、ずっと同じ顔ぶれです。

退院後に「あの患者さん、今どうしてるかな」と自然に気になる。

島で顔を合わせれば「最近調子はどう?」と声をかけ合える。

いつの間にか、患者さんが家族の一員のような存在になっていました。


お母さんのお腹の中から、看取りまで

離島医療の理想形として、こういう言葉があります。

お母さんのお腹の中にいる時から出会い、生まれ、時には入院し、退院後も外来や在宅医療を通じて、ずっと患者さんとの関わりは続いていく。

①産まれる → ②病気が見つかる → ③治療 → ④終末期 → ⑤看取り

この全てのステージに、同じ医療従事者が関わり続けられる——それが離島医療の原点です。

人口が限られているからこそ、人との関わりと結びつきが都会とは比べ物にならないほど深くなります。


島では産婦人科も守り続けた

沖永良部病院では、産婦人科が存続の危機を迎えたことがありました。

常勤の産婦人科医が高齢となり、代わりの常勤医が確保できないという理由で、産婦人科休止の方針が出されたのです。

「島の産声を守る会」が署名活動を始め、行政への支援要請も行われました。

しかし実際に常勤医を探し奔走したのは当時の院長先生自身であり、徳洲会グループの産婦人科医が3〜7日おきに応援に来ることで何とか運営を続けました。

行政の補助を受けずに、医師たちの情熱と徳洲会グループの団結で守り続けた産婦人科——この話は、今でも私の胸に刻まれています。


「飲みニケーション」の原点がここにある

少し話は変わりますが、離島での人間関係について。

最初は奥手だった島の人も、お酒を一緒に飲めばすぐに友達になります。

飲み会が多い、歓送迎会がある、応援に来た医療スタッフとご飯を食べに行く——仕事とプライベートの境界が自然と薄れていきます。

限られた空間の中で人と深く付き合えることは、離島勤務の大きな魅力のひとつ。

ゲレンデマジックならぬ「島マジック」という言葉もあるくらいです(笑)。解放的な自然の中で、普段は気にもしなかった人がとても輝いて見える——離島や応援先で恋人ができることも、意外と多いのです。


まとめ

  • 都市部の急性期医療では「退院がゴール」になりがち
  • 離島では退院後もずっと患者さんと関わり続ける
  • 産まれてから看取りまで、生涯にわたって寄り添える医療
  • 人口が少ない分、人との結びつきが深く温かい
  • 「島マジック」が生まれるほど、人と深く関われる環境

次回は、離島医療を支える組織・徳洲会グループの仕組みについてお伝えします。


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離島薬剤師は「なんでも屋」!幅広い業務⑤ 

薬剤師になって良かったこと・大変なこと本音 

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2026年6月8日月曜日

離島薬剤師は「なんでも屋」!幅広い業務がもたらした成長【離島医療シリーズ⑤】

 こんばんは、田浦マインドです。

離島医療シリーズ第5回は、離島薬剤師の「業務内容」と、そこから得られた大きな成長についてお伝えします。


離島では「全部自分でやる」

大きな病院では、薬剤師の業務は役割分担されています。

  • DI担当(薬の情報収集・提供)
  • 発注担当
  • 棚卸し担当
  • 注射調製担当
  • 病棟担当

それぞれの専門担当がいて、効率よく動く仕組みになっています。

しかし離島では違います。

幅広い業務を一人でこなさなければなりません。

麻薬の購入・廃棄・取扱い、薬品管理、基本発注、新規採用薬の検討、医薬品卸・メーカーとの交渉、病棟対応——これら全てが自分の仕事です。

大きな病院で2〜3年目では「まだ任されていない」ような業務も、離島では日常的に自分で判断しなければならない。

最初は不安でいっぱいでしたが、振り返ってみるとこれほど凝縮した薬剤師業務の経験はなかったと思っています。


「困ったらグループに相談する」文化

「全部自分でやる」とはいえ、孤独ではありませんでした。

診療報酬改定の資料作成、保健所の立ち入り調査、地方厚生局の監査——都市部の大病院でも大変なこれらの業務も、徳洲会グループの仲間が必ず助けてくれました。

グループ内での横のつながりが非常に強い組織なので、「これ、どうすればいい?」と連絡すれば、必ず誰かが助けの手を伸ばしてくれる。

この文化のおかげで、離島勤務を乗り越えることができたと思っています。


方言がわからない!でも大丈夫

離島業務でエピソードもうひとつ。

島のお年寄りの方と話すと、方言が全くわからないのです(笑)。

「え、今なんて言ったんだろう…」と困っていると、必ず近くにいる人が通訳しに来てくれました。

島の人の温かさを感じた瞬間のひとつです。


応援に行く時の注意点:はさみは没収される

これは後輩に絶対伝えたいことです。

飛行機で離島の病院に応援に行く際——調剤用のはさみを機内に持ち込まないでください!

持ち物検査で引っかかり、没収されます。

私自身、4回応援に行って2回没収されました(笑)。はさみがないと薬剤師業務に支障が出ます。必ず荷物と一緒に預けるか、郵送しましょう。


離島でも学会発表はできる

「離島にいるから学会発表なんてできない」と思っていませんか?

全く違います。

私は沖永良部島に勤務しながら、以下の発表・研究活動を行いました。

  • 第24回日本静脈経腸栄養学会 ポスター発表
  • 第19回日本医療薬学会 ポスター発表
  • 第7回鹿児島NST研究会 口頭発表
  • NST専門療法士(NST専門薬剤師)認定取得
  • 週刊薬事新報への原稿掲載

「大きな病院にいるから発表できる、小さな病院・離島にいるから発表できない、ということはない!」

これは今でも確信を持って言えることです。


医療薬学会での一言が、今の自分を作った

医療薬学会で発表した時のこと。

自分の発表を聞いてくださった薬剤師の先生から、こんな言葉をいただきました。

「先生は、若手薬剤師の見本ですね。いろいろなことにどんどん挑戦していってください。」

この言葉が今でも、私のモチベーションの源になっています。

離島という環境の中でも諦めずに挑戦し続けたことが、人との出会いにつながり、力をもらえた。

「やる気があれば、どこでも何でもできる!」

これが私の信念です。


まとめ

  • 離島では薬剤師業務の全てを幅広く担う「なんでも屋」になれる
  • グループの仲間が困った時は必ず助けてくれる
  • 方言がわからなくても、島の人が助けてくれる
  • 飛行機応援時ははさみ没収注意!
  • 離島でも学会発表・研究活動は十分できる
  • 挑戦し続けることが、人との出会いと成長につながる

次回は、離島医療の「退院後も続く患者さんとの関係」についてお話しします。


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「島から出られない」閉塞感と本音④ 

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2026年6月7日日曜日

離島薬剤師の本音|「島から出られない」閉塞感とそれでも続けた理由【離島医療シリーズ④】

こんばんは、田浦マインドです。

離島医療シリーズ第4回は、離島薬剤師の「悩みと閉塞感」について正直にお話しします。

良いことばかりではありません。離島勤務のリアルな辛さも、包み隠さずお伝えします。


離島薬剤師の悩み【交通・情報編】

交通機関が天候に左右される

船も飛行機も、悪天候で欠航します。「今日帰れるかな」「薬は届くかな」という不安は、都市部ではほぼ経験しないものです。

情報量が少ない

離島は本土に比べて、どうしても情報量が少なくなります。最新の医薬品情報、学会発表、研究会——情報を得るために本土に出ていかなければならない機会が多い。

学会・勉強会に参加しにくい

離島から学会に行くには、前泊・後泊が必要になることも多く、移動だけで1〜2日かかります。「勉強したいのに、なかなか行けない」という葛藤がありました。

薬がすぐに手に入らない

前回お話しした通りです。救急で必要な薬が手元にない——この緊張感は離島にいる間、ずっとありました。


離島薬剤師の悩み【精神的・環境編】

モチベーションが続きにくい

人員が少なく、業務の幅も限られてくると、「自分は成長しているのか」という不安が湧いてきます。

閉塞感がある

これが一番きつかったかもしれません。

「島から出られない。この生活が一生続くのかという」という気持ち。

特に長く離島に勤務していると、「都会の病院に戻れないんじゃないか」「オーダリングシステムや電子カルテから遠ざかっていく」という焦りがありました。

特診が週末に多い

離島では、専門医が定期的に来島して診察する「特診(特別診療)」という形態があります。これが週末に集中しがちなため、休みを取りにくい状況が続きました。


Dr.コトーのモデルの先生も言っていた

鹿児島県下甑島で30年間離島医療を支えた、Dr.コトーのモデルとなった先生がこんな言葉を残しています。

「半年のつもりが、もう半年、もう半年と延びていく中で、自分はこのままここで終わってしまうのではないかという気持ちを抑えることが一番つらかった。それでも、これもやろう、あれもやろうと自分の挑戦を続けたことが自分を支えてきました」

——これは薬剤師である私自身の気持ちとも、完全に重なります。


自分が経験した閉塞感

沖永良部病院から山川病院(僻地の病院)に転勤した時のことです。

「常勤薬剤師がいなくなるから、半年だけ来てほしい」という約束で転勤しました。

しかしその約束をした事務長は栄転され、「半年でいい」という話を知っている人はもうどこにもいない——。

「関西にいつ帰れるんだろう…」

「半年のつもりがもう半年もう半年と延びていく中で、このまま都会に戻れないんじゃないかという気持ちがツラかった。それでも、みんなで勉強会や研修会を企画しよう、臨床研究もやろう、薬剤師を探しに就職説明会にも行こう、と自分の挑戦を続けたことが自分を支えてきたと思っています。」

これが、私の正直な気持ちでした。


それでも離島に行って良かった

辛いことをたくさん書きましたが、それでも——離島に行って、本当に良かったと思っています。

  • 自分で考えて動く力がついた
  • 全国から来た医師・研修医・看護師・薬剤師の仲間ができた
  • 臨床の現場を幅広く経験できた
  • 不便な状況下での工夫と柔軟な思考が身についた

この2年間が、今の自分の薬剤師としての土台になっています。


まとめ

  • 交通・情報・薬の入手困難など、環境的な悩みは多い
  • 「島から出られない」閉塞感は、長期勤務になるほど重くなる
  • しかし、その中で「それでも前に進もう」と選んだことが成長につながった
  • 辛い経験があるからこそ、今の自分がある

次回は、離島での「幅広い業務経験」と、それが薬剤師としての成長にどうつながったかをお話しします。


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深夜5時のオンコール「心筋梗塞の患者が来た!」③ 

薬剤師になって良かったこと・大変なこと本音 

薬剤師の話ブログ(専門情報)

2026年6月6日土曜日

離島薬剤師のオンコールとは?深夜5時に心筋梗塞の呼び出し・生血輸血4回の体験談【離島医療シリーズ③】

 こんにちは、田浦マインドです。

離島医療シリーズ第3回は、離島薬剤師の「オンコール業務」についてです。

深夜・早朝に鳴り響く電話——その先にあったリアルなエピソードをお伝えします。


離島の病院に薬剤師の当直はない

まず知っておいていただきたいのは、離島の病院には薬剤師の当直がありません。

全ての病院が「オンコール体制」です。

薬剤師がいない時間帯は、医師の指示のもとで看護師が調剤を行います。ただし麻薬については「薬剤師オンコールが麻薬の調剤を行う」という院内ルールを定めている病院もありました。

つまり——深夜でも早朝でも、必要があれば電話がかかってきます。


どんな内容のオンコールがあるのか?

実際にどんな内容で呼び出されたかをご紹介します。

  • 「薬がどこにあるかわからない」
  • 「分包機の使い方がわからない(詰まった・紙がなくなった)」
  • 「粉薬・水薬の計算の仕方がわからない」
  • 「手書きカルテで医師が処方した薬が何なのかわからない」
  • 「〇〇という薬が必要なので手配してほしい」
  • 「薬物中毒の患者が救急で来たので調べてほしい」
  • 「〇〇と同じ成分や同系統薬は何がある?」

バラエティに富んでいますね(笑)。

そして驚いたのは——次に勤務した山川病院(僻地の病院)に勤務していた時に、沖永良部病院からオンコールがかかってきたこと。 転勤した後も、別の島の病院から電話がかくることもあるのです(笑)。それだけ病院同士のつながりが強く、頼り合う文化がありました。


忘れられないオンコールの話

ある朝、午前5時頃に電話が鳴りました。

「心筋梗塞の患者が今来ています。麻薬を使いたいのですが!!」

布団から飛び起きました。

自宅から病院まで走って2〜3分。ダッシュで駆けつけ、塩酸モルヒネ注を払い出しに行きました。

離島では病院と自宅が近い場合が多く、それが迅速な対応を可能にしています。

この経験は今でも鮮明に覚えています。「薬剤師がいてくれてよかった」という言葉は、何にも代えられません。


生血輸血——4回、自分の血を捧げた

もうひとつ、離島ならではの経験をお話しします。

生血輸血という言葉を聞いたことがありますか?

離島では、緊急時に必要な血液が足りないという事態が起こることがあります。そんな時、病院スタッフが直接献血して輸血するのが「生血輸血」です。

優先順位は ① 勤務中の職員 → ② 勤務外の職員 → ③ 自衛隊 → ④ 一般の志願者

私は沖永良部島の2年間で、4回、生血輸血に協力しました。

そして後日、自分が献血した患者さんに服薬指導できた時——「献血してよかった」と心から実感しました。

また、RHマイナス型の血液が必要になった時——町内会の放送で「私の血を使ってください」と呼びかけが流れました。

島民の方が駆けつけてくれました。

「誰かのために」という温かい心に、胸が熱くなりました。


島外への救急搬送手段

島で対応しきれない重症患者は、島外へ搬送します。

その手段は3つ。

① 徳洲号 徳洲会グループの離島病院が共同で所有する6人乗りのセスナ機。主に救急患者の移送や、定期便が欠航した際の医師の移動に使用します。

② 自衛隊のヘリコプター 緊急時に要請できます。

③ U-PITS(ユーピッツ) 沖縄本島周辺離島からの患者搬送を目的とした民間の救急ヘリコプター搬送システムです。

沖永良部病院が開院した年、島外搬送が半分程度まで減ったと聞きました。「医療が島で完結できる」——これがどれほど島民にとって安心につながるか、実感した瞬間でした。


まとめ

  • 離島の薬剤師はオンコール体制で、深夜・早朝の呼び出しがある
  • 麻薬払い出しや緊急対応を単独で判断・対応する場面がある
  • 生血輸血に4回協力——島の医療の一員として血を捧げた体験
  • 島外搬送にはセスナ・自衛隊ヘリ・民間ヘリの3手段がある

次回は、離島薬剤師の「悩みと閉塞感」について正直にお話しします。


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離島に薬が届かない!薬の欠品危機② 

離島勤務ってどうなの?① 

薬剤師の話ブログ(専門情報)

2026年6月5日金曜日

離島薬剤師が経験した「薬が5日間届かない」危機|在庫管理の極意と麻薬100箱事件【離島医療シリーズ②】

 こんばんは、田浦マインドです。

離島医療シリーズ第2回は、離島薬剤師の最大の悩みと言っても過言ではない「薬の管理」についてです。

都市部ではあたりまえに翌日届く薬が、離島では全く別の話になります。


離島には医薬品の卸問屋がない

まず大前提として、沖永良部島には医薬品の卸問屋がありません。

都市部では当日や翌日に薬が届くのが当たり前。でも離島では、基本的に船便で薬が運ばれてきます。

鹿児島からの船便ルートはこんな感じです。

鹿児島 → 喜界 → 奄美大島 → 徳之島 → 沖永良部 → 与論 → 沖縄

発注しても、すぐには薬が届きません。基本は翌日納品。

緊急に薬が必要な時は航空便を使います。奄美大島便(1日1便)か鹿児島便(1日3便)の飛行機出発1時間前までに薬を預ければ、なんとか届けてもらえます。または隣の与論病院に午前中に連絡すれば、その日のうちに借りることもできました。


年末年始の「薬が入ってこない」危機

離島勤務で最も緊張した経験のひとつを話します。

2010年12月30日のこと。

この日、来月分の薬がまとめて大量に入ってくる予定でした。

しかし——強風波浪で、船も飛行機も欠航。

薬が全く入ってこなかったのです。

そして翌31日も。1月1日も。2日も。

2011年1月3日まで、ずっと薬が入ってこない状態が続きました。

病院の薬は欠品の連続。抗生剤も、循環器系の薬も、どんどん無くなっていく。治療の選択肢がどんどん狭まっていく——。

この時、島に薬剤師は自分一人だけでした。

「代わりに使える薬はないか」「この患者さんにはどう対応するか」——ひたすら考え続けました。

これは、災害医療の現場に近い状況だったと思います。


麻薬が届くのに3〜5日かかる

もうひとつ、離島ならではの苦労が「麻薬の購入」です。

通常、麻薬は書類のやり取りが必要です。離島の場合の流れはこうです。

  1. 病院から麻薬譲受書を医薬品卸に送る
  2. 翌日か翌々日に卸に届く→麻薬現品と譲渡書を送ってもらう
  3. 翌日か翌々日に薬が届く

つまり、注文から現品到着まで3〜5日かかってしまいます。

「先に現品を送ってもらって、後から書類を送ればいいじゃないか」と何度思ったことか…。法律上できないのですが、離島でモルヒネが足りなくなる不安は、都市部の薬剤師には想像しにくいかもしれません。


実際に起きた「麻薬100箱事件」

麻薬管理で笑えない失敗談をひとつ。

あるターミナルの患者さんの治療で、塩酸モルヒネ注50mgが1日に40A(8箱)近く使われていた時期がありました。

3連休が来る。「連休中も足りるように」と100箱発注したところ——連休明け前に投与が中止になり、100箱(約67万円分)の在庫が残ってしまいました。

しかも麻薬は返品できない。

その後、他の患者さんへの投与で少しずつ使いながら、約2年かけてようやく8箱まで在庫を減らすことができました。

離島の薬品管理がいかに難しいか、伝わりますでしょうか。


台風が来たら食べ物も薬も入ってこない

台風接近時には、船も飛行機も欠航になります。

食べ物が入ってこない。薬も入ってこない。

スーパーから食材が消えるので、台風前は早めに買い込む。寮が浸水した時は病院に避難する。

「早め早めの在庫管理」は離島薬剤師の最大のスキルかもしれません。


もし薬が1週間入ってこなかったら?

「もし薬が1週間入ってこなかったら、あなたの病院はどうなりますか?」

都市部で働く薬剤師の方にも、一度真剣に考えてほしい問いです。

離島では、これが現実に起こりうることなのです。

この経験は、後に私が災害医療に携わる上での大きな土台になりました。


まとめ

  • 離島には医薬品の卸問屋がなく、基本は船便翌日納品
  • 悪天候で欠航が続くと薬が全く入ってこない
  • 麻薬の購入には3〜5日かかる
  • 台風前の早め在庫管理が離島薬剤師の必須スキル

次回は、離島でのオンコール業務のリアルをお届けします。


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