2026年6月16日火曜日

避難所で「糖尿病の薬どうする?」問題【薬剤師が経験した低血糖対応】【災害医療シリーズ⑤】

 こんばんは、田浦マインドです。

熊本地震の避難所で最も印象に残っている薬剤師の仕事のひとつが、糖尿病患者さんへの血糖降下薬の調整です。

これは「薬剤師でなければできない仕事」の典型でした。


避難所の食事はこんな感じ

避難所で提供される食事は、炊き出しの内容によって日々変わります。

「朝:バナナ1本、夜:おにぎり2個」という日もあれば、別の日は別の内容、という具合に糖質・脂質・たんぱく質のバランスがバラバラです。

食欲がない方、食べる物自体がない方も多い。まさに「シックデイ(病気の日)」に近い状況が続きます。


低血糖が続出した理由

地震が起こる前の食生活に合わせた血糖降下薬を服用していた患者さんが、避難所での食事摂取中も同じ薬を同じ量で服用し続けました。

結果——低血糖が発生しました。

当然と言えば当然です。普段は毎食バランスのいい食事を摂っていた方が、バナナ1本・おにぎり2個の食事になれば、血糖の上昇幅が全く変わります。それなのに同じ薬を同じ量で飲み続ければ、血糖が下がりすぎてしまいます。


薬剤師の対応

この時、私たちが行った対応は2つです。

① 低血糖リスクのある薬を一時中止

食事状況が落ち着くまでの間、低血糖を引き起こす可能性のある薬を服用するのをやめていただきました。

② 一包化された薬から「抜薬」

薬がワンパック(一包化)になっている患者さんでは、そのパックの中から低血糖リスクのある薬だけを取り出す「抜薬」という作業を行いました。

これは薬の知識がある薬剤師だからこそできる対応です。どの薬が低血糖リスクを持つか、どの薬なら安全に継続できるかを即座に判断できる——これが「避難所における薬剤師の価値」です。


災害時に使いやすい糖尿病薬

この経験から、私が「災害時に使いやすい薬」として注目したのがDPP-4阻害薬です。

DPP-4阻害薬は、血糖値が高い時だけ血糖を下げ、血糖値が低い時は血糖値を下げないという特性を持ちます。つまり、食事摂取量に関わらず処方しやすく、低血糖リスクが低い。

災害時でも使用しやすい薬です。

さらにDPP-4阻害薬の中でも「リナグリプチン」は特に使いやすい。理由は、肝機能や腎機能に関係なく投与量が一定(5mg)だからです。

避難所での診察では血液検査がほぼできません。患者さんの肝機能・腎機能が正確にわからない状況で薬を処方しなければなりません。リナグリプチンは胆汁排泄型のため、腎機能・肝機能の状態がわからなくても処方しやすい——これが大きなメリットです。


DPP-4阻害薬の排泄経路の違い

参考までに、主なDPP-4阻害薬の排泄経路をまとめます。

  • シタグリプチン:腎臓87%
  • ビルダグリプチン:腎臓85%
  • アログリプチン:腎臓65%
  • リナグリプチン:胆汁90%(←腎機能影響を受けにくい)
  • テネリグリプチン:腎臓45%

腎排泄型の薬は腎機能が低下すると蓄積リスクがあります。災害時は血液検査できないため、胆汁排泄型のリナグリプチンが最も使いやすいという結論に至りました。


薬剤師がいなければわからないこと

「どの血糖降下薬が低血糖を起こしやすいか」「避難所の食事状況でどう調整すべきか」「どの薬なら腎機能不明でも安全に使えるか」——これらは医師だけでは判断しにくいことです。

薬剤師の専門知識が、避難所での患者さんの安全を守ります。

「薬剤師はただ薬を渡すだけ」——そんな誤解が少しでも解けることを願っています。


まとめ

  • 避難所の食事は栄養バランスが日々変わり、血糖コントロールに影響する
  • 同じ薬を同じ量で継続すると低血糖が発生する
  • 対応:リスクのある薬を一時中止、または一包化から「抜薬」
  • 災害時に使いやすい糖尿病薬はDPP-4阻害薬、特にリナグリプチン
  • 胆汁排泄型は腎・肝機能がわからない環境でも使いやすい

次回は、「同じ薬が何種類も混在した」問題と、現場での薬の工夫についてお伝えします。


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避難所で薬剤師がやること④ 

薬剤師の話ブログ(専門情報)

2026年6月15日月曜日

避難所で薬剤師がやること【環境整備・DVT予防・ゾーニング】【災害医療シリーズ④】

 こんばんは、田浦マインドです。

「災害時に薬剤師って何をするの?」

この質問、とても多くいただきます。今回は「薬を渡すこと以外」の薬剤師の仕事——避難所での環境整備活動について、熊本地震の経験をもとにお伝えします。


薬剤師の活動は「薬を渡すだけ」じゃない

災害現場での薬剤師の主な活動はこの4つです。

  1. 被災地に持参する医薬品の手配・管理
  2. 仮設診療所での調剤・服薬指導・DI業務
  3. 避難所への巡回診療に同行し、調剤・服薬指導・DI業務
  4. 環境整備など公衆衛生活動

4番目の「公衆衛生活動」——これが意外と知られていません。でも実は避難所での健康被害を防ぐ上で、非常に重要な仕事です。

「薬剤師の日常業務ですよ!」


避難所の環境アセスメント

避難所では衣食住が同一の環境になります。

土足が続くと手指が汚れ、様々な悪影響を引き起こします。喘息・気管支炎などの呼吸器疾患、ノロウイルスなど感染症蔓延の原因にもなります。

そこでTMATでは巡回診療時に「環境アセスメント」も行いました。具体的なチェック項目はこちらです。

  • トイレの環境と清掃、上下水道の復旧状況
  • 手洗い環境、ペーパータオルの設置
  • 手指消毒液の設置および感染予防の啓発活動
  • ゴミ置き場の区分けと管理
  • 大規模な避難所でのゾーニング(土足区域・非土足区域の区分け)

ゾーニングとは

ゾーニングとは、特定の目的のために区域を指定することです。

災害におけるゾーニングは主に2つの目的があります。

  1. 汚染の拡大を防ぎ、二次災害を防止する
  2. 被災者の動線を整理し、救助・救護活動を効率化する

熊本では2か所の避難所でゾーニングを実施しました。

作業はこうです。避難者の荷物を一旦すべて移動→清掃・消毒→区域を分けて再び荷物を移動。

これが想像以上に大変な作業でした。でも、感染症の拡大を防ぐためには欠かせません。


断水の中でのトイレ問題

熊本では断水が続きました。

トイレに水が流せない状況では、支援物資として届いた水を便器の給水タンクに補充して使用します。

大便をすると限りある水を多く使わなければならないため、大便を我慢している人が多く出ました。

結果として——被災から5日目頃から、便秘をして腹痛を訴える患者様が増え始めました。

これも災害関連の健康被害のひとつです。「水がない→排泄を我慢する→便秘→腹痛」という連鎖。


エコノミークラス症候群(DVT)との闘い

前回もお伝えしましたが、車中泊者を中心にエコノミークラス症候群(DVT:深部静脈血栓症)のリスクが非常に高まっていました。

DVTのリスクが高まる状況

  • 長時間同じ体勢
  • 水分を摂らない(トイレを我慢するため)
  • 狭い空間での生活

熊本地震ではDVTによる関連死も報告されています。

毎朝の予防体操は、理学療法士が主導で実施しました。薬剤師としては、DVTリスクが高い患者(特に抗凝固薬を服用している方)を把握し、医師・看護師と情報を共有することも大事だなと思いました。


ノロウイルス対策ポスターを手作り

断水状況では手洗いができません。手指消毒の使用を積極的に促しながら、保健センターの保健師さんと協力してウイルス性腸炎(ノロウイルス・ロタウイルス)予防のための啓発ポスターを手書きで作製しました。

また、ウイルス性腸炎の患者が出た際の隔離室も設置しました。

「感染症の蔓延を防ぐ」——これも薬剤師にできる重要な仕事です。


段ボールベッドが命を救う

最近の災害支援では「TKB48」という概念が注目されています。

T(トイレ)・K(キッチン)・B(ベッド)——この3つを発災後48時間以内に避難所へ届けることを目標とする国際標準の指標です。イタリアではこれを実現し「災害関連死ゼロ」を達成しています。

特に「B(ベッド)」、段ボールベッドの効果は絶大です。

床寝の問題点を整理すると——

  • 床からの冷気が直接伝わる(低体温・免疫低下)
  • 長時間同じ体勢でDVT発症リスクが上昇
  • 床から20cmまでほこりが舞い上がる(NHK実験)
  • 床の硬さ・物音の振動で睡眠の質が低下

段ボールベッドは保温・DVT予防・衛生改善・睡眠改善の効果があり、荷物の収納スペースにもなります。耐荷重は約500kg——一見弱そうに見えて、非常に頑丈です。

薬剤師として「この患者さんにはベッドが必要です」と声を上げ、行政・看護師・保健師と連携して優先配置を実現させる——これも立派な薬剤師の仕事です。


まとめ

避難所での薬剤師の環境整備活動:

  • 環境アセスメント(トイレ・手洗い・消毒・ゴミ管理)
  • ゾーニング(汚染区域と非汚染区域の分離)
  • DVT予防体操の支援と高リスク患者の把握
  • 感染症予防ポスター作製・隔離室設置
  • 段ボールベッドの普及推進(TKB48)

「薬を渡す」だけではない——環境整備こそが、災害関連死を防ぐ重要な薬剤師業務です。

次回は避難所で実際に起きた「血糖降下薬問題」をリアルにお届けします。


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熊本地震にTMATで参加した話③ 

薬剤師の話ブログ(専門情報)

2026年6月14日日曜日

熊本地震にTMATで参加した話【薬剤師が見た被災地のリアル】【災害医療シリーズ③】

 こんばんは、田浦マインドです。

2016年4月、熊本地震が発生しました。

最大震度7の地震が2回(4月14日と16日)、震度6強が2回、震度6弱が3回。日本の観測史上、同一地域で震度7が2回観測されたのは初めてのことでした。

私はTMAT(徳洲会医療救援隊)の一員として、熊本県上益城郡御船町での災害医療支援活動に参加しました。今回はその体験を包み隠さずお伝えします。


参加の経緯

生駒市立病院に赴任して約1年。

救急科の医師から声がかかりました。「明日から熊本の支援に行きたい。薬剤師も必要だ。一緒に来てほしい」。

迷いはありませんでした。「はい、力にならせてください」と二つ返事で参加を決めました。


移動手段は救急車

被災地への移動は、救急車でした。

緊急車両であるため高速道路の通行が可能で、物資の搬送も兼ねることができます。長時間の移動で体力を使いますが、それより早く現地に着きたいという気持ちの方が強かったです。


仮設診療所の設置

御船町に到着後、まず行ったのは24時間常駐できる仮設診療所の設置です。

保健師さんとの密な連携を図りながら、地域事情を知り尽くした保健師さんが帯同する形で複数の避難所への効率的な巡回診療を行いました。

仮設診療所の薬品は、活動初期は少数から始まり、最終的には内服薬約50品目、外用薬約40品目、注射薬約30品目となりました。

避難所への巡回診療には、持参した薬剤・物品を使用しやすいように配置し、医師の隣で限られた医薬品の中から「この状況でベストな薬は何か」を随時提案しながら診療支援を行いました。


避難所の実態

避難所となった体育館には、ベッドも布団も十分にない状態でした。

要介護者にとっての生活環境が全く整っていません。そのため**「福祉避難所」**の設置が急務となりました。

また、乳幼児を抱えた家族は子供の声や行動を気にして周囲に配慮するあまり、屋外や車中で生活する人が多く見られました。妊産婦も授乳時のプライベートスペースが確保できない状況でした。そのため、乳幼児・妊産婦専用の避難所も設置しました。


余震が止まらない夜

4月14日以降、6月下旬までに震度1以上の地震が熊本地方で1,801回発生しました。震度3以上が401回です。

夜中も余震は続きます。

「怖くて眠れない」という声が多かった。もともと睡眠薬を服用していた方が「余震が怖いから飲めない(急に目覚めたいから)」という状況も生まれました。

車中泊をしている方も多い。水分を摂らずに狭いスペースで同じ体勢を長時間とっていると——エコノミークラス症候群(深部静脈血栓症・DVT)のリスクが急激に高まります。


DVT予防体操を毎朝実施

深部静脈血栓症(DVT)は、体の深部の静脈に血栓ができる状態です。初期症状は血栓発生部の痛み・むくみ・変色。血栓が肺に飛ぶと肺塞栓を起こし、死に至ることもあります。

TMATでは、理学療法士が毎朝DVT予防体操を実施しました。

そして私たちスタッフが撤退する際、このDVT予防体操を地元の高校生に引き継いでもらいました。支援チームが去った後も体操が続けられる——この「仕組み」を残すことも、災害支援の大事な仕事だと学びました。


断水の中での感染対策

被災地は断水状況でした。

手を洗えないと感染症が広がるリスクが高まります。保健センターの保健師さんと協力して、ノロウイルス・ロタウイルスなどウイルス性腸炎を予防するための啓発ポスターを作製しました。

また、ウイルス性腸炎患者の隔離室も設置。2か所の避難所では汚染・非汚染区域のゾーニングを実施しました——避難者の荷物を一旦すべて移動し、清掃・消毒した後、区域を分けて再配置する、という作業です。土足禁止エリアも設定しました。

大変な作業でしたが、感染症の蔓延を防ぐために欠かせない取り組みでした。


薬剤師として感じたこと

被災地では「薬剤師の日常業務がそのまま役に立つ」ということを実感しました。

調剤・服薬指導・DI業務・医薬品管理・公衆衛生活動——これらは普段から病院で当たり前にやっていることです。

ただし、使える医薬品は限られ、情報も不足し、設備もない。その制約の中でベストを尽くすことが求められます。

そして最後に、被災者のみなさんと同じ炊き出しをいただきながら、「自分がここにいる意味」をかみしめました。


まとめ

  • 熊本地震は2016年4月、震度7が2回発生した記録的な地震
  • TMATとして御船町で仮設診療所設置・巡回診療に参加
  • 避難所の実態:ベッドなし・断水・余震続く車中泊
  • エコノミークラス症候群予防体操を毎朝実施し、地元高校生に引き継ぎ
  • 薬剤師の日常業務がそのまま被災地で力になる

次回は避難所での薬剤師の環境整備活動について詳しくお伝えします。


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DMAT・JMAT・TMATとは② 

災害医療とは何か① 

薬剤師の話ブログ(専門情報)

2026年6月13日土曜日

DMAT・JMAT・TMAT・日薬…災害医療チームを全部わかりやすく解説【災害医療シリーズ②】

 こんばんは、田浦マインドです。

「DMATって何?JMATとどう違うの?」

災害のニュースを見ていると、さまざまな略称が出てきて混乱しますよね。今回は災害医療を担う各チームを、薬剤師の視点から整理してお伝えします。


災害フェーズと医療チームの役割分担

まず大前提として、災害医療は「フェーズ(時期)」によって必要な医療の中身が変わります。

  • 超急性期(〜24時間):生命救助最優先。DMAT・日赤が稼働
  • 急性期(〜72時間):医療資源の集中、広域搬送調整
  • 亜急性期(〜1ヶ月):避難所医療開始、慢性疾患管理。JMAT・TMATが活躍
  • 慢性期(1ヶ月〜):仮設住宅移行、在宅支援再構築、災害関連死予防

薬剤師はどのフェーズでも活動できますが、特に亜急性期以降の慢性疾患管理・服薬継続支援において力を発揮します。


DMAT(ディーマット)

Disaster Medical Assistance Team(災害派遣医療チーム)

「災害の急性期(48時間以内)」に活動するために、専門的な訓練を受けた機動性のある医療チームです。

厚生労働省が実施する「日本DMAT隊員養成研修」を修了した医師・看護師・調整員で構成され、原則4人1チーム。

主な活動は、被災地内でのトリアージ・応急治療・搬送、SCU(広域搬送拠点)での医療支援、広域搬送の調整などです。

発災後3日目以降になると、急性期の活動を終えたDMATは現地からの撤退を検討し始めます。

急性期の活動がメインですが、現在は、活動時期が広範囲になりつつある傾向にあります。


JMAT(ジェイマット)

Japan Medical Association Team(日本医師会災害医療チーム)

DMATが撤退するタイミングで入れ替わるように被災地へ入り、現地の医療体制が回復するまで地域医療を支える組織です。東日本大震災を機に発足し、1,300チーム以上を派遣した実績があります。

「DMATが急性期→JMATが亜急性期以降」 というバトンタッチの関係です。


日本赤十字社

急性期から慢性期まで幅広く対応する組織です。全国で約500班(約7,000人)の救護班を編成しており、救護所の設置、避難所での診療、こころのケア活動などを担います。


TMAT(ティーマット)

Tokushukai Medical Assistant Team(徳洲会医療救援隊)

私が所属する徳洲会グループの医療支援組織です。

1995年の阪神淡路大震災を契機に発足し、2005年にNPO法人化。以来、国内19回・海外21回(難民支援含む)の計40回以上の災害に派遣、1,300名を超える医療スタッフが活動してきました。

東日本大震災では2ヶ月間で903名を派遣し、15,677名を診療——民間最大規模の支援活動を行いました。

TMATの最大の特徴は「迅速で柔軟な組織」であること。大規模災害が起これば当日か翌日には現地に駆けつけ、医療支援活動を開始します。そして薬剤師もチームの重要な一員として活動します。


日本薬剤師会

日本薬剤師会が組織する災害支援チームです。

急性期〜亜急性期において、避難所・救護所での調剤、服薬相談、お薬手帳の収集、医薬品供給の調整などを担います。熊本地震・西日本豪雨・能登半島地震でも実績があります。

薬局薬剤師の立場から医薬品供給・服薬管理を支援するチームとして、薬剤師に最も身近な災害支援組織です。


その他の専門チーム

DPAT(ディーパット):Disaster Psychiatric Assistance Team。精神疾患患者の継続ケア・PTSD予防介入を担う精神科医療チーム。

DHEAT(ディーヒート):Disaster Health Emergency Assistance Team。保健所職員を中心とした公衆衛生チーム。避難所の衛生環境管理・感染症対策を担当。

DCAT(ディーキャット):Disaster Care Assistance Team。要配慮者(高齢者・障害者)の支援・福祉避難所の運営を担う社会福祉士・介護士チーム。


薬剤師はロジスティックの専門家としても活動

「ロジスティック(logistic)」という言葉があります。元来は戦場における後方支援——必要物資や情報などの管理・調達のことです。

災害医療においても同様で、最前線の医師や看護師に対して、薬剤師や事務員の任務がこれに当たります。

薬剤師は医療専門職でありながら、ロジスティックにも関わることができる——この特性が、災害医療の中で改めて重要視されつつあります。

「薬剤師という狭い枠だけでなく、医療人として何をすべきか、何ができるかをその場で実践していくこと」——これが災害現場での薬剤師の姿勢だと、私は熊本・能登の経験から確信しています。


まとめ

チーム活動時期主な役割
DMAT超急性期〜48時間トリアージ・搬送・被災病院支援
日赤急性期〜慢性期救護所・避難所診療・こころのケア
TMAT急性期〜亜急性期仮設診療所・巡回診療(薬剤師も活躍)
JMAT亜急性期〜地域医療支援・慢性疾患管理
日薬JAT急性期〜亜急性期医薬品供給・服薬管理
DPAT急性期〜慢性期精神科医療・PTSD対応

次回は、私が実際に参加した熊本地震のTMAT活動について、リアルな体験談をお伝えします。


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災害医療とは何か① 

薬剤師の話ブログ(専門情報)

2026年6月12日金曜日

災害医療とは何か?救急医療との「決定的な違い」を病院薬剤師が解説【災害医療シリーズ①】

 こんばんは、田浦マインドです。

今回から「災害医療シリーズ」をスタートします。

私は熊本地震(2016年)と能登半島地震(2024年)に災害派遣薬剤師として参加し、現在は徳洲会グループ薬剤師災害医療研究会の委員長を務めています。

「災害医療って、救急医療の規模が大きくなったものでしょ?」——そう思っている方、少し待ってください。この勘違いが、いざという時に命取りになります。


災害医療の定義

災害医療とは、地震・津波・豪雨・火山噴火・大規模事故などにより、対応する側の医療能力を上回るほど多数の医療対象者が発生した際に行われる医療のことです。

一言で言えば、**「需要と供給のバランスが崩れた状態での医療」**です。


救急医療との決定的な違い

救急医療と災害医療は、根本的に異なります。

救急医療は、患者に対して十分な医療を供給できる環境下で行われる「日常的な医療」の一部です。医療関係者の手により「患者にとって必要なすべての医療」が提供されます。

災害医療は、急激な傷病者の増加に医療供給が全く追いつかない状況下で行われます。電気・水道などのインフラも被災し、停電・断水の中、医薬品の供給もストップするという、想像以上に過酷な状況です。

ここが重要なポイントです。

災害医療では、最初から「患者にとって必要なすべての医療を提供すること」は不可能です。

これは患者さんにもきちんと説明しなければなりません。


「単純に規模が大きくなっただけ」という勘違いが命を奪う

救急医療の規模が大きくなったものが災害医療だ、と勘違いすると——実際の現場に出た時に救えたはずの命が失われかねません。

例えばトリアージ(重症度分類)。

救急医療では、一人の患者につき2〜3分をかけてトリアージを行います。

しかし災害医療では、60人の患者が一度に来た場合、1人に1分かけると60番目の患者は到着後1時間以上、重症か軽症かもわからない状態で放置されることになります。実際の災害では患者数が60人で済むはずもなく、その後に診察・応急処置・手術が続くのです。

だから災害医療では、1人あたり30秒以内でトリアージを完了できるよう、「START式トリアージ」という簡素化された方法が使われます。


災害医療のトリアージ区分

トリアージとは、患者の重症度に基づいて治療の優先度を決定することです。

区分は4つ。

  • 赤(Ⅰ:緊急) 生命・四肢に危険な状況で直ちに処置が必要
  • 黄(Ⅱ:準緊急) 2〜3時間処置を遅らせても悪化しない程度
  • 緑(Ⅲ:軽症) 軽度外傷、通院治療が可能な程度
  • 黒(0:死亡) 生命兆候のないもの

これは非常に合理的なようで、実はとても辛い判断が求められます。「全員を平等に救おうとすると、全員を救えなくなる」——これが災害医療の根本にある哲学です。


72時間の壁

もうひとつ知っておくべき重要な概念が「72時間の壁」です。

発災後72時間を超えると、発見される被災者の救命率は大幅に低下します。

しかし——72時間を過ぎたら災害医療が終わるわけではありません。

むしろ72時間以降は、医療ニーズの「中身」が変わります。急性外傷の患者が減り、代わりに**慢性疾患の悪化(高血圧・糖尿病・認知症)や精神的疾患(不安・不眠)**が主体になってきます。

熊本地震では「関連死」が直接死の約4倍に達しました。直接死50人に対し、関連死は218人。

薬を飲めなかった、避難所の環境が悪かった、エコノミークラス症候群になった——こうした「直接の被害ではない死」を防ぐことが、72時間以降の最大の使命になるのです。


日本の災害医療を担う組織

国内で全国規模の災害医療能力を持つのは、自衛隊と日本赤十字社の2組織だけです。

これ以外に、平時から専門訓練を受けた医師・看護師が組織するDMAT(災害派遣医療チーム)が急性期に活動し、72時間以降にはJMAT(日本医師会災害医療チーム)が引き継ぎます。

私が所属する徳洲会グループのTMAT(徳洲会医療救援隊)は民間の医療支援団体として、阪神淡路大震災以降、国内外計40回以上の災害に派遣されています。


まとめ

  • 災害医療とは「需要と供給のバランスが崩れた状態での医療」
  • 救急医療とは根本的に異なる——すべての患者に最善の医療は提供できない
  • トリアージは30秒以内の判断が求められる
  • 72時間の壁:それ以降は慢性疾患管理・関連死予防が主戦場になる

次回は、災害医療を支える各チーム(DMAT・JMAT・TMAT・日薬など)の役割を詳しく解説します。


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